Ep.5-88
昨日から鼻炎がひどいのです。秋花粉か、寒暖差による風邪か……はてさて
「アメルタート、彼を『癒して』――」
シャールがそう口にした瞬間、アメルタートが強く輝く。先ほどよりも柔らかな若草色、或いは木漏れ日のような優しい光。ロビンの傷口に触れた聖剣の光が、柔らかく彼の身体を包んでいく。それと同時に彼の傷口に変化が起こった。傷口の随所から糸のようなものが伸び、布を織るかのように傷口を縫合していく。あふれ出ていく血がどんどんと少なくなり、最終的には傷口から覗いていた肉や骨も、皮膚に包み込まれた。
「――お、ああ……」
ロビンはその様を見て、安堵の息を漏らす。そんな彼を見下ろしながら、シャールは目を閉じて小さく息を吐いた。
そんな彼女を横目に、エリシアは先ほどまでアイリの四肢を縛めていた鎖の何本かで、ロビンを拘束する。
それからエリシアはちらとシャールを振り返り、目を細める。
「用は済んだかな? シャールちゃん」
「――はい、ありがとうございました」
シャールは小さく微笑むとエリシアにそう返した。そして、ちらとアイリの方を振り返る。そして、少しきまり悪そうに表情を顰めながら口を開く。
「アイリ、すごく言いにくいんだけど、もう少しだけここで待っててもらえるかな? その、何というか……」
「分かってるよ。大丈夫、信じてるから。行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
アイリは何を聞くでも、言うでもなくシャールにそう言った。本当に聡い子だ、自分なんかよりもよっぽど。それにとても優しい子だ。シャールはそんなことを思いながら、踵を返す。
「行きましょう、エリシア」
エリシアは特に何を言うでもなく、小さく頷くと出口に向かって駆け出した。シャールはそんな彼女の後を追って走り出す。地上へとつながる階段に足をかける寸前、シャールはちらと後ろを振り返る。そんな彼女に、アイリは手を小さく振っていた。
§ § §
人の気配のない砦の廊下を、シャールとエリシアは駆け抜ける。目指すのは、最初に自分たちが連れ込まれた団長室。経路は分かっているから、道に迷うことは無かった。ただ一心に、廊下を駆ける。そんな中、不意にエリシアが問いかける。
「シャールちゃん。さっきのは……」
言葉尻を濁しながら、エリシアはどこか気まずそうに問いかける。それでも、シャールは彼女が言いたいこと、聞きたいことが理解できていた。
「彼の腕を直した件、それと彼に謝罪を要求した件ですか?」
シャールの言葉にエリシアは小さく頷いた。そんな彼女にシャールは小さく微笑む。
「それじゃあ、私もエリシアに聞きたいことがあったので、交換というコトでいかがでしょう」
「ん、了解」
「彼の腕を直した理由は単純です。私は彼を殺したくはなかった――いえ、もっと言えば誰も殺したくは無かったですし、殺させたくもなかった」
それは「不殺」だとかいうような大層な矜持や覚悟ゆえではない。むしろ、シャールにはそんなものが無かったし、これはそれらが無いゆえに出た行動だった。
「結局のところ、私には誰かを殺してそれを背負うような覚悟は無いんです。目の前で死にゆく人間を見殺しにする勇気もない。私はただ怖かった――どんなものであれ、『命が損なわれる』ということ自体が私にとっては恐ろしいし悲しい」
「だから助けたんだね。ま、それは今考えてみれば君という人間の行動としては自然なことだ。でも、彼に謝罪を迫ったのは正直意外だった」
エリシアの指摘に、シャールは少し表情を歪ませる。もしかすると自分の中でも整理がついていないのかもしれない。それでもシャールは自分の中の漠然とした感情や感覚をなんとか言語化しようと試みる。
「その……なんというんでしょう。彼はエリシアやアイリにひどいことをしました。そんな彼を何もせずに、何もさせずに癒してしまっては、二人に悪いかな……と。私には彼を裁いたり、罰を与えたりするような権利はないですけど……勝手に許す権利もないかな……って」
たどたどしい彼女の言葉。そのどこにも自分自身のための怒りがないことに、エリシアは思わず吹き出してしまう。そんな彼女の反応に、シャールは慌てふためく。そんな彼女を見て笑いを押し殺しながら、エリシアは口を開く。
「なるほどなるほど。ふふ、君のらしくない女王様モードはそういう理由だったのか」
「じょ――!?」
「ふふ、そうだと分かってしまうとあの君らしくもない振る舞いも、必死で背伸びした結果だと思えてほほえましく見えるものだね」
からからと笑うエリシアを睨みつけながら、シャールは唇を尖らせる。そんな彼女に向けてエリシアはニッと歯を出して笑う。
「それじゃあ、次はボクが質問に答える番か。正直気は進まないけど、約束だから仕方ないね」
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