Ep.2-9
「―――え」
次の瞬間、カイルの表情から笑みが消える。その視線の先には一切の動きの停止した村人たちの影。どうして? 彼らはあの少年を叩き殺しに行ったはずだ。なぜ動かない?
彼らのシルエットから首より上が消え、その断面から上空に向けて血が吹き出ていることにカイルが気づいたのは数瞬経ってからのコトだった。
「―――あ、え?」
ばたりばたりと次々に少年に飛び掛かったはずの村人たちの首のない骸はそのまま地面に倒れ伏し、その場には松明を掲げたまま無言で立ち尽くす少年の影だけが残る。
カイルは小さく後ずさる。それと同時に少年は松明を掲げる逆の手にぶら下げた何かを、腕を振りぬいて思い切りカイルに向けて投げつける。
その何かはカイルの目の前の地面に落ち、鈍くバウンドしながら彼の目の前に転がって来る。
「―――ひ」
カイルは小さく悲鳴を漏らす。目の前に転がってきたモノ―――それは生首だった。
恐怖と苦悶が刻まれたその顔は、彼が森に追跡に向かわせた捜索隊のリーダーを任せた男―――あの少年を捕らえた自警団の頭目の首だった。
「———な、なんで……」
震える声で呟くカイル。
ゆらりと動き出す少年の影。此方に向かってくる。その瞬間に広がる悲鳴と怯乱の渦。残された村人たちは、惨殺された隣人たちの骸を前に絶叫を上げる。
怒りに我を忘れ少年に飛びかかる者、腰を抜かしてその場に倒れ込む者、背を向けて逃げ出す者。
その全てが少年の歩みと共に、血を噴き出す肉塊へと変わっていく。だというのに、少年は手も動かさず、一直線にカイルの方に向かって揺らめく炎のように不安定に歩いている。
「ひ、ひぃぃぃ!!?」
逃げ惑い、倒れゆく村人たちを他所にカイルは、少年に背を向けて悲鳴を上げながら一目散に逃げ出す。
どこに逃げるわけでもない、ただあの得体の知れないナニカから離れたい、遠く遠くアレの手の届かぬところまで。
息を切らせて走る、奔る。
村の家々に火が回っていくのが横目に見えた。遠くからは悲鳴や絶叫、断末魔が響く。皆、みんなアレに殺されていく。
逃げなければ、逃げなければ。自分はこんなところで死ぬような人間じゃない、他の有象無象とは違う価値ある存在。なんとしても生きなければ。
「ねえ———」
「———ッ!?」
すぐ背後から声が響いた。足が動かない。カイルは合わない歯の根を鳴らしながら足下に視線を落とす。そして気づく。自身の足に絡みつく黒いモノに———そしてそれが、背後に立つ少年の影から伸びていることに。カイルは腰を抜かして、その場に倒れ込んだ。口全体に湿った土の匂いと血の味が広がる。
泥だらけになりながら、カイルは腕をぶんぶんと振り回して叫ぶ。
「ひ、ひぃぃぃ!! く、来るな! 来るなぁぁ!!」
「ねぇ———君が、僕を……どうして、どうして?」
問いかける少年。震えるその声は悲壮と怒りと、そして虚しさを孕んでいた。彼ら二人の周りだけ、家々を焼き尽くす業火とも村人たちの断末魔の残響からも切り抜かれたような、異質な空気を帯びる。
カイルは、訥々と問いかける少年の姿に、わずかな揺らぎを感じ取る。まだ、言いくるめる余地はある―――言いくるめて、いったん落ち着かせてから殺せばいいのだ。
カイルは薄ら笑いを頬に貼り付けながら、かすれた声で冗長に話始める。
「な、何のことだ? そんなことより、もうやめようぜこんなことは! はは、お前そんなに強かったのか! 知らなかったよ‥‥‥そうだ! 俺とお前で都にでも出て一儲けしようじゃないか、その力があれば———」
「———とぼけないで……君が、お前が僕を陥れた……どうして、どうしてだよ? 僕が、僕が何をしたって言うんだよ……」
その瞬間、彼らのすぐそばで家が焼け崩れた。広がった炎の赤い光が、少年の顔を照らす。今にも泣きそうな、ひどい顔。惨めったらしくて、被害者ぶった顔をして、本当に憎らしい。そんな彼の顔を見た瞬間、カイルは自分の中で何かが音を立てて切れたのを感じた。堰を切ったように、感情の濁流が漏れ出し始める。
「何をした———だと?」
カイルは表情を変えた。取り繕ったような笑みは、掻き消えてむき出しの憎悪が現れていた。
ストックがもうすぐ切れそうなので、投稿頻度変わるかもしれません(episode2に関しては書き上げてますのでご安心ください)。
まあ1話につきせいぜいが千文字ちょいですので、今月いっぱいは最低でも毎日更新は維持できるかと。
できれば今月いっぱいは1日最低でも2話は更新したいなー、などと。
投稿頻度を変更する際には、また折に触れて後書きや活動報告なのでご報告いたします。
今後ともお付き合いくださいますようお願い申し上げます。




