Ep.5-86
「う、うぐああ……痛い、痛いぃ……熱い、熱い熱い熱い……」
すすり泣くような声で、床の上でのたうち回るロビンに目をくれることなく、エリシアは彼の傍らに転がっていた鞘に収まった剣を手に取る。それは、没収されていたシャールの聖剣・アメルタートだった。エリシアは未だに牢の中にいるシャールにその剣を手渡す。
「さ、君の手で彼女を助けてあげなよ」
シャールは、エリシアのそんな言葉にうなずくと聖剣を鞘から引き抜く。若草色の爽やかな光を帯びたアメルタートの輝きを見て、シャールは小さく安堵の息を漏らす。
そして、シャールはゆっくりとアイリの前へと歩み寄る。
「遅くなってごめんね、アイリ」
そう言いながら、シャールは聖剣を強く握りしめる。彼女に応え、権能を励起させたアメルタートが強い光を放つ。シャールがその刃をアイリを縛める鎖に押し当てると、重く硬い鎖はまるでバターを切るかのように、滑らかに切断された。
四肢が自由になり、縛めから放たれたアイリは、ほうと小さく吐息してそのままその場に倒れ込んだ。シャールは慌ててそんな彼女を抱きとめる。
「だ、大丈夫? アイリ」
「う、うん……大丈夫、だよ。シャールお姉ちゃん、ありがとう。助けてくれて」
「ううん、ごめんね。遅くなってごめん、本当に……辛い思いさせて、ごめん。私の所為で……」
アイリの柔らかな笑みを見て、シャールは自分の感情と色々な記憶がぐちゃぐちゃに混ぜ込まれて、胸の中が滅茶苦茶になっていくのを感じる。思わず、目の端から熱いものが零れ落ちて頬を奔った。そんな彼女の表情を見て、アイリは色々なことを悟ったのだろう。ここまでの経緯、村でのこと、そして彼女自身が今、何について謝罪の言葉を口にしているのか。
「――謝ることなんて何もないよ、お姉ちゃん。だって、私信じてたもの。お姉ちゃんのこと、ずっとずっと信じてたもん」
「……ごめん……ううん、ありがとうアイリ」
少し照れ臭そうに、それでいてひどく嬉しそうな表情でシャールはそう言って目を閉じる。そんな彼女の胸に、アイリは顔を埋める。
そんな二人の姿に、少し頬を赤らめながら、エリシアが気まずそうに声をかける。
「あー、こほん。えーっと君たち、感動の再会をボクとしても邪魔はしたくないんだけどね。ちょっと次の作戦段階に進みたいんだけど、よろしい?」
「え、あ……ご、ごめんなさい!」
そう言って、シャールは正気を取り戻す。アイリは少し寂しそうな顔をしてから、少しだけ不服そうにエリシアの方を見た。そんな少女の反応に、エリシアはたじたじとした様子で肩をすくめて苦笑する。
「とりあえず、ラカムとアリキーノを追おう。彼らに増援を呼ばれたりすると面倒だ。逆にボクらが彼らを確保できれば、労せずにここを落とせる」
「そう、ですね。でもエリシア、ごめんなさい。私その前に一つしたいことが——」
そう言って、シャールは足元に這いつくばりながら地下牢の出口の方へと這っていこうとしているロビンを見下ろした。
アメルタートの若草色の輝きが、少し強くなった。




