Ep.5-81
「ああ、正直鬱陶しかったのだよねえ。貴族の務めとか、王の特命とか――私は兄と違ってその辺りの矜持だとか誇りだとか、そんなものは煩わしいとしか思えないのだよ」
自嘲めいた笑みを浮かべながら、アリキーノはそう言った。そんな彼の笑みにシャールは悍ましさすら感じる。シャールの視線を感じていながらなお、アリキーノは喜色を浮かべながら続ける。
「兄と私は嗜好こそ似通っているが、どうにもそのあたりの使命感のようなものは私には理解できなくてねぇ。何より不健全だとは思わないかね? 拷問好きの嗜虐趣味を役割だなんて建前で隠して、その枠に囚われ続けるだなんて――ふむ、考えてみればそもそも私はこういう役回りが一番しっくりと来るタイプの人間なのだろうねぇ」
アリキーノ団長の言葉を聞きながら、シャールは彼の兄であるアリキーノ子爵の顔を思い出す。
確かに彼はアリアやシャール、リリスに対して酷いことをした。紛うことなき悪人だ。
でも、彼には国を思う心と、王に対する忠誠、民に対する責任感があったように思えた。尤も、それ故にエリアスとの戦いの果てに、それらを玩弄された挙句あのような末路を迎えたわけだが。
滔々と語るアリキーノに対して、側のラカムは思わず噴き出す。
「は、全くとんでもねえ貴族サマだよなあ。ふん、アリキーノ子爵家はアンタみたいなクズが継いだ時点でもう終わりだったのかもなあ!」
「おいおい、一応の上司に対してずいぶんな口じゃないかラカム。だいたい金欲しさにそのクズについて、その悪行の手伝いをしているお前たちも同類のクズだろう?」
「——はは! 違いない」
そう言って刺々しく笑いあう二人を見ながら、シャールは眉間に皺を寄せる。
そんな彼女にアリキーノはどこか不服そうな表情を浮かべる。
「とはいえ、君に憤りがないというわけではない。玩具を手に入れるのに多少なりとも難儀せざるを得なくなったし、食い扶持を稼ぐという面倒なことまでしなくてはならなくなったのだ――全く、せっかく手に入れた玩具を手を出すことなく横流ししなければならないとはなんと口惜しいことか! 分かるかね?」
身勝手な言葉を垂れ流すアリキーノに何か言葉を返したかったけれど、シャールは言葉が浮かんでこなかった。そう、何か彼に言うべき言葉があったはずなのに、それが出てこなかった。
そんな彼女に代わって、エリシアが皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「――全面的に知ったことじゃないね」
エリシアはそう吐き捨てる。そんな彼女の言葉に、アリキーノは小さく舌打ちをすると、傍らのラカムに目で指図する。
ラカムはそれを二やついた顔で承諾すると、手を叩く。
すると、部屋の中に再び二人をこの部屋に運んできた男たちが入って来る。
「――連れていけ、地下牢だ。あとはアレも、ロビンに準備をさせろ」
男たちは無言で頷くと、再び二人を抱え上げて部屋を出ていく。
そんな二人にひらひらと手を振りながら、アリキーノ団長は嗤う。
「ではクソ生意気なお嬢さん方、また後程」




