Ep.2-8
「まだ見つからねえのか―――アイツは」
松明を掲げながら眉間にしわを寄せて村のはずれに立つ少年―――村長の息子・カイルは横柄な態度で近くにいた青年に愚痴る。
村のはずれ、死刑囚の逃げ込んだ森の入り口を臨む広場には、公開処刑を見るために集まった血気に逸る村の住人たちが口々に彼への悪口雑言を言い合い、義憤に駆られる自分自身に耽溺している。篝火に照らされた広場には公開処刑を前にしていながら、祭りか宴のような高揚にも似た空気が流れていた。
―――単純な連中だよ、まったく。
カイルはそんなことを思いながら口元に手を当ててあくびを噛み殺しながら森を睨む。
彼の手下によって構成された自警団が逃亡した死刑囚を追って森に入ってから早2時間。自警団は獲物を捕らえて帰還するどころか、状況報告の伝令すら送られてこない。
「―――おかしいな。一時間ごとに伝令を寄越すようには伝えてあったんだが」
問われた男がそう答える。
―――そうだ、確かにおかしい。そもそも拷問で散々痛めつけたはずの彼が一時間以上も逃げおおせられるはずもないのだ。
自警団は体力だけが取り柄のような彼の手下の青年たちによって編成されている。家に籠り切りで勉強ばかりしていてもともと体力がないうえに、拷問で更にそれを削がれている死刑囚が逃亡できたこと自体が驚嘆に値するのに、それが更に長時間逃げおおせるなどありえない。たとえ茂みの中に隠れていたとしても、あれだけの数の自警団が探し回ればすぐに見つかってしまうだろう。それなのに何故―――
「あ―――松明が見えるぞ!」
そんなカイルの思考は森を見張る村人の一人の声で途切れる。自警団が死刑囚を捕らえて戻ってきたのかと期待のまなざしを向けるが、森の奥に見える松明の光は一つだけ。捜索隊の帰還、と言うわけではないらしい。
―――伝令か。期待させやがって。
カイルはため息をつき、脱力したように近くの柵に腰掛けて目を閉じる。
しかし、次の瞬間周囲の空気が変わる―――それまでのざわめきが夜の闇に吸い込まれるように消えていく。
「―――?」
カイルは目を開けて、村人たちの視線の集中する先をにらむ。途端、カイルは息を呑んだ。その場の誰もが絶句し、凍り付いたようにその場で立ち尽くす。いるはずのない人間がそこに立っていたから。
「―――お、まえ‥‥‥どうして」
その視線の先、そこには死刑囚が―――彼が陥れ、殺そうとしている少年が立っていた。
時間が止まったかのような静寂、ただ篝火のぱちぱちと燃え弾ける音だけが響く。誰もがその予想もしえない状況に発すべき言葉も奪われる。どうして彼は戻ってきた? 殺されると分かっているはずなのに―――それが嫌で逃げ出したはずなのに? なぜ一人で引き返して来れた―――自警団の連中はどうしたのだ? そんな疑問がカイルの脳裏を渦巻く。
掲げられた松明の影となり、表情は見て取れないが、少年のその姿には先ほど刑場に引き立てられていく彼のモノとは明らかに違う、得体の知れない異様さが漂っている。そこに立っている少年からは死刑の恐怖におびえる様子が見受けられない。
狩られるウサギであるはずの彼の立ち姿は、狩る側に回って悠然と獲物を品定めしているようにすら―――そんなことを思った瞬間、カイルは口を開いた。
「―――ッ! な、何をしているんだお前ら!! あ、あいつを―――あの悪魔を殺せェェェッ!!」
カイルは叫ぶ。「捕らえろ」ではなく「殺せ」と。そうしなければいけないと、本能が告げていたから。
そんな彼の言葉にはじかれたように、村人たちは武器や農具を握りしめて少年に飛び掛かる。少年は動かない。そうだ動けるはずもない、度重なる拷問、そして森での逃走劇を経て彼にはもう体力なんて残っているわけがないのだ。やはり杞憂だったのだ。
馬鹿なやつだ、わざわざ戻って来るなんて―――慈悲でも乞いに来たのかもしれないが無駄なことだ。お目こぼしなどするものか。とびっきり無惨に悲鳴を上げさせて、生まれてきたことを後悔させながら苦痛の中で殺してやる。
カイルは口元を引きつらせながらも小さく笑う。しかし―――
本編と全然関係ない雑談なんですけど、昨晩から今朝にかけて綾辻行人先生の「Another2001」(803頁)を一気に読了しちゃいました(今朝の投稿し損ないは、これが半分くらいの原因)。
文字通りページを捲る手が止まらなくて、あらためて「読ませる技術」が素晴らしいと感服しました……ああいう文を書けるようになりたいものです。
綾辻行人先生の「Another」シリーズ、読んで良し、鈍器にしても良しの名作です。是非よろしければ……
……それはさておき、「少年」の逆襲が始まります。
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