Ep.5-74
「ふう……」
未だに、肉と骨の塊を咀嚼する黒い球体を見ながら、エリオスは指を鳴らす。その瞬間、球体は夜の闇に融けるように霧散した。それと同時に辺りを覆っていた複合権能のヴェールも消え失せる。
それを見届けると、エリオスは目を閉じて自分の下腹部に手を当てる。
その瞬間、脳内に流れ込む記憶。エリオスはそれを先ほどのように選別し、必要なものを紡ぎ合わせて求める絵図を描く。
「――ふむ」
エリオスは目を開ける。そして辺りを見渡す。自分の脳内に紡ぎあげられた景色を探し、エリオスは遠くを見つめる。視力を魔力で強化して、南北に連なる山脈と広がる湖水地帯を一望する。そして彼は、何かを見つけたようにその視線を一点に注いだ。
「――そこか」
エリオスはそう言ってにんまりと笑った。その目には嗜虐の光が満ちている。
しかし、次の瞬間彼の表情が歪む。
「く、ぐぅ……ッ! あ、が、ぁぁ……!」
エリオスは、自身の首と胸をかきむしるようにしながらその場に崩れ落ちる。口はぱくぱくと勝手に動いて喘ぐような声を漏らし、目の端からは自然と涙が溢れ出る。
そして低いうめき声を漏らしながら、その場に膝をつき、手を地面につく。荒い息を漏らしながら、エリオスは空を見上げる。
「……あー、しんど……」
エリオスはゆっくりと呼吸を整えながら、漏れる吐息に交えてそんな言葉を漏らして、その場に大の字で横たわる。
権能発動の副作用――全身に圧し掛かる倦怠感。胸を押しつぶし呼吸すらままならなくさせるほどの空虚。そして、臓腑をひっくり返したような飢餓感。それがエリオスの身体に一気に押し寄せたのだ。エリオスはゆっくりと、努めて規則的に深すぎず浅すぎない息をする。少しでも間違えたら、そのまま全身の細胞が遊離して身体を保てなくなるんじゃないか――そんな夢想じみた懸念すら覚える。
「……複合権能……負荷のかかり方が……普通の権能、の同時発動とは……全然、違う」
権能の同時発動や連続での発動は、これまでもしたことがあった。過剰な負荷による発作も何度か体験している。しかし、この副反応は明らかにそれらとは異なっている。
さまざまな副反応が同時に、それでいて個性豊かに身体を蝕み、叩き潰していくような苦しみ。エリオスをして、本当に死んでしまうんではないだろうかと思わせるほどの責め苦。
そして何より驚くべきは、過重負荷状態に陥るまでの早さ。せいぜい10分も無いほどの権能の展開であるにも関わらず、ここまでの副反応に襲われることになるとは——これは、完全にエリオスにとっては想定外の事態だった。
「使い所は……気をつけないとね。さて……」
エリオスはゆっくりと、自分の身体を労りながら立ち上がる。そして、未だに強い倦怠感に包まれる身体を引きずって、最初に男たちに襲われたところまで戻る。
そこには、エリオスの靴で頭を潰された大男の死体が転がっていた。
エリオスはその死体の横にしゃがみ込むとその首にかけられた金鎖の護符を取り上げる。
「ま、何かの役に立つよね……」
そう言って、エリオスは立ち上がる。
いつの間にかその顔には笑顔が戻っていた。
「さあ、食事の時間は終わり。ここからは、復讐のお時間だ」
そう言ってエリオスはにんまりと笑った。




