Ep.5-73
這いつくばった男の頭上から声が響く。
「さて、君たちのおかげで良い実験ができた。まずは感謝を」
愉しそうなエリオスの声。
男の目の前にはエリオスの黒いヒール付きの皮革のブーツ。見上げようとする男の頭を、エリオスはそのヒールで思い切り踏みつけた。
「た……助けて……」
「うんうん、他ならぬ実験の被験者の願いを聞くことは私としてもやぶさかではないよ。私は悪役だけど、協力者に対してはそれなりに礼を尽くすべきかもなー、なんて思ったりはする」
「——なら……」
期待に満ちた表情が男の顔に浮かぶ。しかし、エリオスはそれをにんまりと笑いながら打ち砕く。
「でもぉ、それはあくまで『被験者』の話なんだよねぇ」
「は——?」
エリオスのやたらと間延びした甘ったるい声で紡がれる言葉に、男の理解は追いつかないでいた。そんな彼を見下ろしながら、エリオスは続ける。
「君たちは、私の大切なものに手を出した。その時点で君たちは被験者どころか実験動物以下、私にとっては単なる試料だ。試料にかける温情なんてない、だって試料なんだから」
そう言ってエリオスは指を鳴らす。その瞬間、何本もの黒い腕が球体から伸びてきて、男の四肢掴んだ。
「ひ、ひぃぁぁぁ!? や、やだ! やめてくれ、頼む! お願いだァァァ!」
「命乞いはもう聞き飽きてる。さっさと私の糧になりたまえ」
黒い腕は男の身体を持ち上げて、あんぐりと開かれた口に向けて男を運ぶ。背後に迫る激痛と凄絶な死に恐怖しながら、男は叫ぶ。
「そ、そうだ! あ、アンタの大切な人の居場所! 教えてやる! 俺たちのアジトも金の隠し場所も! 全部教える! だから助け——」
その言葉に黒い腕の動きが止まる。その瞬間、男は思わず安堵にも似た吐息を漏らしながら、エリオスを見下ろした。しかし、次の瞬間その緩んだ顔は凍りつく
彼の顔は笑っていた——口の端を吊り上げて、嘲るような目を向けて。
「あ……えぁ……?」
「無価値だ、全て無価値なんだよ。君の言葉も、命も。私にとって価値があるのは君の知識だけ。そしてそれは、別に君を殺したって手に入る。否、殺してこそ、正確なものが手に入るんだ」
エリオスの言葉、嬲るような粘着質な響き。その響きゆえに、男は直感する。彼の言葉に嘘はないと、自身の命運は今完全に途絶えたのだと。
「そ……そんな……そんな……」
「それではさようなら。いいや、いただきます」
「い、いやぁぁだぁぁぁぁ!」
男は叫ぶ。唾を飛ばし、涙を流し、関節が砕けるほどに暴れながら、血を吐き出さんほどに喉を潰しながら。男の身体が球体の口の中に放り込まれる。
口の中の大きく筋肉質な舌は、彼を臼歯の上に据えて、ゆっくりと噛み締め押しつぶしていく。
「いぎぃぃあぁぁぁ!? だ、だずげ……だずげでぇぇ……じぬぅぅ……いだいぃぃぃ!」
男はゆっくりと噛み潰されていく。エリオスはその様を見ながら、自分の身体を抱きしめ震わせながら、恍惚の表情を浮かべる。
男の身体から血が吹き出し始める。骨の砕ける音が響く。
「やめで……やめでやめでやめでぇぇぇッ! あ——」
ばきんという乾いた音がした瞬間、男の口から漏れ出ていた音が途絶えた。そして、真っ白な臼歯は、男の身体を骨ごとすり潰し、血みどろのペーストにして飲み込んだ。
エリオスは、熱っぽい表情で自分の身体を抱きしめながら、震える声で呟く。
「——ごちそうさまでした」
なんかもう少し断末魔にレパートリーが欲しいですよね。




