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Ep.5-72

「ぐあ!?」


男の身体が何かにぶつかった。それは柔らかく、それでいて飛び込んできた彼を跳ね返すほどの靭さと弾性を持っていた。

彼はその勢いを殺すことが出来ずに、石でごつごつとした地面にひっくり返る。


「あ、れ——?」


しかし、目の前には何もない。真っ暗な夜の闇と、その先に山道が伸びているだけ。彼を阻むものなんて何もない、だというのに——


「見ぃつけた」


不意に彼の背後から甘ったるい口調の少年の声が響いた。男は思わず振り返る。

そこには、いつのまにかエリオスが立っていた。その背後に、黒い球体を控えさせながら。


「——な、なんで……いつの間に……一体何が……」


うわごとのように紡ぎ出される言葉。それを聞いてエリオスはくすくすと笑う。

そして、ぴっと指を天に向けて立てる。

男は彼の指の先を見て、表情を凍らせる。

暗い——空が暗いのだ。夜の闇というだけでは説明できないほどに、月の光も星の光も黒い薄絹で遮られたように弱々しい光しか放っていない。


「何だよ……コレ」


よく見れば、自分が先ほどまで見ていた山道につながる景色にすら、黒い薄絹のようなものがかかっている。

そんな彼に、エリオスは告げる。


「これも後ろの『物質主義』の獣と同じ、私の複合権能。『憂鬱』と『怠惰』の権能を組み合わせた『拒絶』のヴェール——四方と上空を権能で覆い、内部からは誰も逃さず、外部からは誰も入れない。それでいて、その内部を完全に私の支配領域たる異界化させる。つまるところ——」


エリオスはそこまで言うと、ぱちん指を鳴らす。その瞬間、男の目の前からエリオスが消えた。

男は辺りを慌てて見渡すがエリオスの姿はどこにもない。次の瞬間、そんな彼の肩を誰かの細い指が突く。


「——ッ!」


「私はこの領域では、物理法則も含めてあらゆる軛から解放される。全能に限りなく近い存在になる」


そう宣うエリオスに向けて男はナイフを取り出してそれを突き立てようとする。しかし、彼のナイフがエリオスの服に突き立てられる瞬間、彼の身体が再び消えてその刃は空を切る。


「まだ試作段階だからね、どこまでのことが出来るか分からないけれど」


今度は遠くからエリオスの声が聞こえてくる。声のする方を見上げると、エリオスは先ほどまで男が隠れていた家畜小屋の屋根の上に座っていた。


「でも、こうして一瞬で転移するくらいは出来るようだ」


次の瞬間、エリオスの声は男の耳元で響いた。振り向くと、彼の傍にエリオスは足を伸ばして座っていた。

男は驚愕のあまりバランスを崩して、その場に完全に倒れ込む。そして、地面に這いつくばりながら何とか逃げ出そうと必死で地面を掴んで前に這い進む。

そんな彼の目の前に、ふっと黒いものが現れる。

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