Ep.5-71
黒い球体に貪り食われた男の悲鳴が、深く沈み込んでいく。蠢く口からぼとりと重い音を立てて落ちた、噛み切られた腕。
球体から伸びる腕は、それすらも掴んで口へと運んだ。
「ひ、ひぃぃぃ——!」
男たちはその様を見て、情けのない声を上げ、再び背を向けて逃げ出そうとする。しかし、そんな彼らをギロリと大きな瞳が睨みつける。
その瞬間に、男たちはその場に硬直する。足がすくんで動けず、その場に崩れ落ちる大人たちに黒い手が伸びてくる。
男たちは次々に黒い腕にその身体を掴まれて宙にぶら下げられる。
「ま、待って、やめて!」
「い、いやだ! 食べないでェ!」
「助けて助けて助けてェ!」
散々に喚く男たち。彼らは、愉悦の笑みを浮かべながら自分たちを見つめるエリオスに必死に助命を請い願う。彼がそんなことを許すはずがないと分かっていながら、それでも手を伸ばして、涙を流して、喉を潰すほどに叫んで命乞いをする。
夜の闇に浮かび上がる真っ白な歯が近づいてくる。自分の四肢を噛み切り、すり潰し、咀嚼して飲み込む口が目の前に迫る。
「お、お願い助けてェェェッ!」
甲高い悲鳴があたりに響き渡ったその瞬間、宙に吊り上げられていた男たちは一斉に口の中へと放り込まれた。絶叫が閉じられた口の中からくぐもって聞こえてくる。次いで聞こえてくるのはめきめきと、みしみしと軋ませるような音。骨が、身体が、臓器が潰され、人が肉塊となっていく音。
複数の悲鳴と断末魔が折り重なり合い響かせる多重奏を聞きながら、エリオスは目を閉じてそれに乗せて鼻歌まじりに歩き出す。
「ば、化け物め……」
そんな彼を、家畜小屋の陰に隠れたフードの男は恐怖と憎悪の混じり合ったような歪んだ瞳で睨みつけていた。
他の男たちが、最初の犠牲者の死の瞬間の断末魔に振り返り、その最期を見て立ち止まったのに対して、彼は一人振り返ることもなく逃げた。
そうやって家畜小屋の陰に隠れ、逃亡の機会を窺っていたのだ。
「——あの化け物は手に負えねぇ……今はとりあえず本陣に戻って対策を立てねぇと……」
男はそう独り言ちながら、エリオスと球体の様子を窺う。エリオスは辺りをきょろきょろと見渡しながら、男を探している風だった。しかし、一見して見つからないと分かると、外套に付いた汚れを払ってから歩き始める。村の方へと向かっているようだった。
——今だ。
男はそう直感した。エリオスとは反対の方角、山の方へ向かって男はそろりそろりと歩き出す。
山の岩場に隠れてしまえば、もう彼一人に探し出すことは出来ない。日が昇れば、あの球体も消えざるを得ないだろうし、そこまで耐えてから本陣に帰ればいい。その後どうするか、あの化け物に対抗できる術があるのかは分からないが、少なくともそれを考えるのは自分の仕事じゃない。
最悪、盗賊団が彼の獲物になったとしても、組織を切り捨てて自分だけでも逃げてしまえばいい話だ。
そんなことを思いながら、エリオスから十分に距離をとった男は、山の岩場に向かって駆けていく。
そんな時だった――




