Ep.5-67
エリオスは、フードの男が取り出したネックレスの先のモノをじっと見つめる。細い金の鎖の先についていたのは、紫色の光を放つ宝石のようなものをはめ込んだコインだった。鈍い金色の光を湛えたその表面には精緻な文字と、武器を構えた男性の像が彫り込まれている。それを見て、エリオスは表情を歪める。
「――天帝の肖像と聖句、それに聖別した紫水晶と黄鉄か……ずいぶんと高精度な護符だね。しかも、そんな術式による護符、私も聞いたことない」
「難しいことは聞くなよ? 俺たちは借りてるだけだからない。別にこいつの制作者でも何でもない」
そんな男の言葉に、エリオスはぴくりと眉を動かしながら、口の端を吊り上げて皮肉っぽい笑みを浮かべて見せる。
「は――安心しなよ。君たちにそんな知性があるだなんて微塵も思ってないから」
「負け惜しみは惨めだぜ、クソガキ」
男はそう言ってエリオスをあざ笑う。そんな彼の下卑た笑みに、エリオスは小さく舌打ちをしながら彼に向けて指を鳴らす。
その瞬間、男の頭上に巨大な氷の柱が現れる。それを視認し男は僅かに表情を引き攣らせるが、その先端が彼の頭を砕くより先に、氷の柱は砕け散った。
「なるほどね。魔術の性質とか関係なく弾くのか。本当に高精度だ。並の魔術じゃあ一切届かないかもしれないね」
「は、ようやく理解したかよ。なら——」
「ところで、ソレ。どこで手に入れたんだい?」
男の言葉をエリオスは遮ってそう問いかける。口上を邪魔された男は不機嫌そうに眉を顰めながら、ぶっきらぼうに答える。
「言っただろ、コイツは借り物だ。何でも俺たちの大口の顧客からのボスへの贈り物らしくてな」
「そんなモノをなんで君らが持ってきている? まさか、その精度のものが君たち全員に配られたと言うわけでもあるまい?」
「そりゃあそうだ! ボス曰く、コイツは金貨百枚に勝るとも劣らない品らしいからな。だが、ボスが後生大事に死蔵するようなモンでもない。使ってなんぼの代物だ。だから、ウチのボスは俺たち雑兵にも積極的に貸し出してくれる。お前みたいな貴重な『商品』を手に入れるためにな」
捲し立てるようにそう宣う男の声はどこか苛立っているように見えた。それでもなお、問いかけに答え続けて、襲い掛かろうとしないのはまだエリオスを恐れているからなのだろう。
——まだ隠し球があるのではないか。
そんな疑念が頭の中にちらつき、一歩を踏み出せずにいるから彼らはエリオスの言葉に答え続ける。出来ることならば、彼が自分から降伏するのが一番安全だから。誰だって苦悶と激痛、惨めさに満ちた——喩えば腐った果実のように頭を踏み潰されるような——死に方はしたくない。
あの光景がきっと今も彼らの脳裏に刻みつけられているから、彼らは愚かな一歩すら踏み出すことはできないのだろう。
「ふふ、君の死は無意味じゃなかった——ってことかな?」
エリオスは誰にも聞こえない声で、横たわった大きな炭を見つめながらそう独り言ちる。
これならばもう少しこの膠着状態を引き伸ばすことは出来るだろう。
「でも——」
それから再び男たちの方に視線をあげてにやりと笑う。
「別に引き伸ばしてもしょうがないし、そろそろ退場願おうかな」
エリオスはそう言って拳を強く握りしめた。
昨日の夜は鼻炎ひどすぎてテンションがおかしかったですね。ちなみに今日もひどめです。




