Ep.5-65
「嗚呼、靴が汚れちゃったな。せっかくアリアが選んでくれたものなのに——仕方ない」
そう言いながら、エリオスは靴に飛び散った血や皮膚片、脳漿を忌々しげに見つめる。
エリオスはそれを見下ろしながら、ぱちんと指を鳴らしてみせた。その瞬間、足元で頭を潰された男の死体が燃え上がり始める。
青白い炎に包まれて、その全身に火が回る。
炎上する死体を踏みつけたまま、それが焼け焦げていく様をエリオスは少しの間見つめていた。
死体は急速な勢いで黒く変色し、炭と化していく。そんな男の死体からエリオスは足を離して、後方へとひらりと飛び退いた。
「——うん、綺麗になったね」
エリオスはそう言って自分の靴を見遣る。彼の靴にはこびりついていた男の残骸も、血の一滴も残っていなかった。
エリオスが靴を見下ろして満足げに笑うのと同時に、炎に包まれて炭化した男の死骸がぼろぼろと崩れ落ちた。
その様を見て、あたりを取り囲む男たちの何人かは口元を抑え、込み上げるものを何とか押さえ込もうとしていた。仲間が、あっというまにゴミのように潰されて、そして燃やされる。そんな非現実的な惨劇に、彼らの常識は耐えることができない。
今にも嘔吐しそうな者、唇をぶるぶると震わせる者、怯えた目で自分を見つめる者に、エリオスは嗜虐の悦びに酔ったようなとろんとした熱っぽい笑顔を向ける。
「あは。どうしたんだい君たち、そんな顔をして。悪虐非道の盗賊たちが聞いて呆れるじゃないか。何か怖いものでも見たのかい?」
「だ、黙れ——この化け物ッ!」
「てめェ、なんて事しやがるんだ!」
「お、おい……あいつ本当に人間か?」
エリオスの言葉が口火を切ったように、彼らの口からは怒声や怯声が溢れ出る。まるで、そうしなければ自我を保っていられない。そんな漠然とした恐怖を本能で感じ取っているかのように。
そんな彼らに、エリオスは笑みを浮かべたまま告げる。
「私は人間だよ。化け物なんかじゃない——それに、そう。私に彼を殺せる力を与えたのは君たちなんだよ?」
エリオスは目を細めながら喚く男たちを見つめる。その目はまるで食欲に駆られながら蛇が獲物を射竦めるようなぬらりとした光を帯びていた。
「君たちは恐れた、君たちは怯えた、それでいて君たちは私を測った——何て恐ろしい存在だと。そして考えた、考えてしまった。自分たちでは私に勝てないんじゃないか、自分たちに対抗できる相手なのかと。その疑念がそこの消し炭になった男の頭蓋を踏み砕く力となったんだ」
抽象的で、捉え所のない話。まるで婉曲した比喩表現のようにも思えた。しかし、これは暗喩ではないとその場にいた誰もが感じていた。
「『傲慢』の権能——君たちが恐れ、怯え、私と言う存在を大きなものとして見積もっていくにつれて、自分の全能力を限界を超えて引き上げるチカラだ」
そう言ってエリオスは地面を踏み締めた右脚に力を入れる。その瞬間、彼を中心に地面に亀裂が走り、それは彼を取り囲む男たちの足元まで迫った。
その瞬間、男たちは恐怖と驚愕の声を上げる。それを見てエリオスはさらに笑う。
「ふふ、そんな目で見ないで。そんな声をあげないで。もっと強くなってしまうよ?」
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