Ep.5-64
響いた絶叫に、フードの男は急に現実へと引き戻される。目の前で起きた異常な出来事に理解が追いつかず、のたうち回る大男を彼は凝視する。
大男が掴んでいたはずの棍棒は地面に転がっている——が、転がっているのはそれだけではなかった。
「——お、おい腕が……!」
周りの男たちも大男に起きたコトをようやく認識したようだ。
エリオスに襲い掛かった大男の右腕から先がない。彼の身体から切り離された腕は、転がった棍棒を未だに握り閉めていた。
鋭利な刃物で一刀両断されたかのような腕の断面からは鮮やかな色の肉と白い骨が覗き、そこから赤黒い血が噴き出すように流れ出て、地面に染み込んでいく。激痛の中、ようやくその原因を認識した大男の表情が絶望と狂乱に歪む。
「あ、アアアアアアッ!? う、腕ェェッ! 俺の腕が、が、ががががが――」
「おいおい、まだ腕の一本を落としただけだよ。あんまり喚かないで、愉しくなるじゃない」
そう言いながら、エリオスはのたうち回る大男の頭を踏み抑える。そして、嗜虐的な笑みを浮かべながら辺りを見渡す。彼を見つめる男たちの視線には困惑と、そして恐怖の色が浮かんでいた。
「ふ、くふ、あははは! なんて顔をしているんだい悪党諸君! そんな顔をされたら私、調子に乗りたくなっちゃうじゃあないか!」
そう言ってエリオスは大男の頭を踏みつけた足に力を入れる。大男はのたうち回りながら、必死で抵抗するが、エリオスの身体はびくともしない。その様が、より一層周囲の男たちを恐怖させる。
その様に、エリオスは恍惚とした笑みを浮かべる。
そして、足元を見下ろしながら、にんまりと笑って見せる。その笑顔を見た瞬間に、大男はその表情を引きつらせる。まるで総身を巡る血が凍り付いたような、そんな表情だった。
「ばいばい♡」
エリオスはひらひらと足元の大男に手を振りながら、更に足に力を込める。めきめきと軋む音がして、男は割れんばかりの断末魔をあげる。そんな彼の絶叫を、舌の上で転がし味わうように楽しむ。そして、次の瞬間さらに強く足を踏み込んだ。
「ぶぎゃ――」
無様で短い声が響いた瞬間、男の頭が頭蓋骨ごと砕けて周囲に血と骨の欠片と脳漿が飛び散る。自分の顔まで飛び散った血を拭いながら、エリオスは口の端を吊り上げて嗜虐的で陶酔的な笑みを浮かべる。
そんな彼と足元のかつて仲間だったモノを見つめていた。
「――あは、熟れすぎた果実が地面に落ちたみたい。くしゃっと潰れちゃったね」
人一人を殺しながら、彼はからからと笑っていた。しかも足で踏み潰すという虫を殺すような扱いをしておきながら、その表情には罪悪感はもちろん、「人を殺した」という事実への何らの反応も見出せない。
人を殺したことによるまとわりつくような不快感も、反対に「命を奪う」という行為に伴う麻薬のような全能感も。
何もなく、ただ道端の花を手折ったように笑っていた。
そんな彼の姿が、男たちにはひどく恐ろしく見えた。その残酷性以上に、彼が自分たちと同じ人間であると思えない——その異質性ゆえに。




