Ep.5-59
「――とりあえず……うん、『踏破するは怠惰の罪』」
息を深く吸い、荒れた呼吸を落ち着かせながらエリオスは権能を発動する。彼の言葉が終わるとともに、目の前の床の上にぱっくりと真っ黒な切れ目が口を拡げて現れ、散らばっていたアリアの衣服や血の一滴すらも飲み込み、そして消えた。
エリオスはそんな様子を唇を震わせながら黙ってみていた。
――アリアがさらわれた。状況は明らかにその事実を指し示していた。
エリオスの影が、ぐらりと揺らいだ。
「……まったく……私も大概頭が悪い……油断ばっかりして、分かっていたのに……全く、エリシアのことを馬鹿にできたもんじゃない……」
そう分かっていた。この村が安全なところではないことくらい。
大集団の盗賊に何度か襲撃を受けているこの村。村人たちは抵抗をしているというのに、いつも彼らは出し抜かれ、多くを奪われる。一方で盗賊たちには死者も捕虜にとられる者もなく、悠々と逃げ延びる。
そんなことは場当たり的に出来るものではない。だとするのならば、この村の中には盗賊たちの密偵が出入りしていることは明白だ。あるいは――
そこまでは予想がついていたのだ。しかし、たとえ密偵がいたとしても、彼らの役割はあくまで村の警備情報を本隊に流す程度のものだと思っていて油断をしていたのだ。
だが、警戒すべきだったのだ。人を殺め、攫い、侵す盗賊の一味がいる村に滞在しているという事実をもっと重視すべきだった。
「――アリア……アリア……」
いつになく狼狽し、ふらつくエリオス。崩れ落ちそうになるのを何とか耐えて、歯を食いしばる。
「いや、大丈夫……きっと、大丈夫」
エリオスはそう口にする。自分に言い聞かせるように。
自分は彼女に伝えた。『危ないことが起きたら、無茶だけはしちゃダメだから』と。あのときは自分自身も本心では全くそんなことが起きると思っていなかったし、きっとアリアに至っては何を言っているのか理解も及ばなかったことだろう。
だけれども、彼女は聡い。表層に見える以上に、彼女は賢明だ。だって自分の主人なのだから。
そのときには、きっとエリオスの言っていたことを理解してくれるはず。
「うん、きっと彼女なら――だとするのなら、私がやることは決まっている」
エリオスは不意に口の端を吊り上げて笑う。再び彼の足元の影がぐらりと揺らぐ。
「――奪うからには奪われる覚悟をするべきだ。そう、そうだとも。私の方針は変わらない。徹頭徹尾変わらない……私から、一番大事なものを奪おうとした連中から――」
エリオスは踵を返して、嗜虐的な笑みを浮かべながら宣う。
「何もかも奪い返してやろうじゃあないか——ああ、覚悟していろよお馬鹿さんたち。元本も利息も全て搾り取って何も残さないよ。ふ、あは、あはははははは!」




