Ep.5-57
またとんでもなく時間がずれ込んでしまいましたね……
村の夜の闇の影から、エリオスはずるりとはい出るように現れる。左右に素早く視線を奔らせて、誰にも見られていないのを確認するとエリオスはそっと目を閉じる。
吹き遊ぶ夜風が頬を撫でる中、エリオスは自分の身の内に沈んでいくモノを意識する。暗闇に融けていく前に、掬い取り、そして舌の上に載せるように。
「――さあ、教えてくれよ。私に」
エリオスの脳内に一瞬流れ込む記憶。走馬灯のように次々に切り替わり入れ替わるのは、先ほど『暴食』で喰らった二人の女性の記憶だ。
物心がついたときから、子供の時代、成長して大人になってからの毎日の仕事、時折のささやかな幸せの時間、そして最後に絶望と恐怖に染まった死の瞬間。映像だけでなく、音もまた雑多に流れ込んでくる。
2人分の人生の膨大な情報量、濁流のような記憶の中から、エリオスは必要な情報を探し出していく。
「――なるほど……なるほど」
エリオスはふいにそう独り言ちる。舌なめずりして、そしてにんまりと笑いながらそっと目を開いた。
「うん。やっぱり情報収集するには食事が一番だ――姦しい人間の声なんて聞くに堪えないからね。うん、むしろよくあそこまで耐えた、私」
そう独り言を口にしながら、エリオスは歩き出す。涼し気な夜風を受けながら、エリオスは脳裏に流れ込んだ情報を繋ぎ合わせる。村人たちの噂、彼女たちが無意識下に感じた違和感、気が付くことのなかった目の端の光景。そんなものから必要なものを掬い取っていく作業。
――二人が最後に言っていた、身元の分からない者たち。
二人は聖教会の密偵だとか、他国の斥候だとか言っていたがそれはあり得ないだろう。国家機関の間者がわざわざこんな寂れた村に来るはずがない。来たところで意味は無いし、何より村人の間で噂になるだなんていうのは、密偵としては三流。国や教会であれば、こんなお粗末な密偵を送って来るはずもない。
そう考えてみれば、その不審人物は盗賊たちの先遣隊、斥候と理解するのが自然だろう。
「――では、彼らは何のために来たのか……ん?」
脳内に浮かびあがる映像。先ほどの女性が言っていた、彼女の見た「それっぽい人」の記憶。
夕闇の中、フードを目深に被った男の姿、辺りを伺いながらどこかの建物の裏口に立っている。そして、そのドアに手をかけようとしているが、次の瞬間に大きく視点が動く。
視点の主であった女性がどこか別の方向を向いたのだろう。エリオスは小さく舌打ちをする。
再び、視点が戻ったとき怪しい人影はそこから消えていた。
エリオスは小さくため息を吐いてから、少し残念そうな表情を浮かべる。
「――まあ、盗賊の一味が村に潜入していたっていうのは収穫か? とはいえ、そんなのは予想していたことだし……ん」
エリオスはふと立ち止まる。
頭に手を当てて、流れ去っていった他人の記憶を必死で思い起こす。ひっかかるもの、これはなんだ――違和感、ではなく……これはそう、既視感。
あの不審人物が立っていた場所、あの建物は――そうだあれは。
「――ちょっと、まずいかも……」
エリオスは立ち止まり、戦慄した表情でそう零した




