Ep.2-6
『そして処刑される直前に隙を見て魔術を使って逃げ出した、と』
そう、それが顛末。一人の少年が破滅するまでの物語。
縄で縛られて刑場となる広場に連行される最中、緩んだ口枷の隙間から発火の呪文で拘束を破り、逃げ出した。そして、自警団に追われながら森に逃げ込み、今に至るというわけだ。
『はは、全くろくでもない人生ねぇ。ヒトの悪性に翻弄されて迫害されてその果てがコレだものね』
ヒトの悪性———
始まりは村長の息子の嫉妬だったのだろうか。彼のプライド故の嫉妬。自分が見下していた少年に見下される未来への恐怖。
そしてあの日に、弱者と侮っていた少年に反撃され、恥をかかされたことへの憎悪、憤怒。
彼の悪意の罠から広まった村人たちによる迫害、拷問、凌辱。
自分の話に彼らが少しでも耳を傾けてくれたなら、村長の息子の戯言を少しでも疑ってくれたなら。その選択をせず、目の前の安易な結論に飛びつき縋った村人たちの怠惰。そしてそれに便乗して自らの醜い欲望をぶつけた者たち。
ああ、なるほど。確かにその通りだ。この人生を台無しにしたのはヒトの悪性そのもの、そしてその事実に気付かずヒトの善性なんていう虚構を無邪気に、愚かにも信じていた自分自身だった。
そう悟った少年の脳裏に高らかな笑い声が響く。
『くく、あははははは! 全く酷い人生ね、嗚呼悲劇的すぎてむしろ笑えてくるわ!』
揶揄うような口調に腹が立つ。だが、今の少年には立ち上がって殴りかかることはおろか、声の主の顔すら拝むこともできない。この口惜しさに唇を噛む力すら彼には残されていないのだ。
なんていう悪夢だろう。いや、それを言うのなら二度もヒトの悪性に破滅させられるなんて顛末自体がそもそも———二度?
「え、———に、どめ……?」
『おー、ようやく気づいたかい? その歪な魂のカタチに』
———なんだ? しらない、知らない、シラナイ‥‥‥知らない記憶が頭に流れ込んでくる。あれは、何? エキ、えき、駅? 机が並んだあの場所は―――学校?
知らない、知っている。知らない、知っている。
赤い夕陽に晒された、朱にそまった景色が脳内を目まぐるしく駆け巡り、駆け回る。
「あ、あぁ———!!」
次に脳裏に浮かんだのは人の顔。人の声。言っていることは分からない、着ている服に見覚えはない。
だが、嗚呼嗚呼知っている、知っている。その表情は、その声音は。
―――ああ、これは知っている。
そこに帯びたソレは、ヒトの悪性。かつての自分を終わらせたモノ。
「あ、ああああ……おぅぅおぉぉ……あぁ———」
『くふ、くふふ。いいねぇ、その歪み。どうだい少年、生まれ変わりの記憶は戻ったかい?』
生まれ変わり———嗚呼、なるほど。
ばらばらに散らばった点が線で繋げられていく。
少年は思い出す。かつて此処とは違う世界、日本という国に生きていたと言う事実を。そして———
「死んだ……そう、だ……お、れは……はじきだされて……こわが、られて……あざわら、われて……それ、で……」
『殺された?』
少年は小さく、石のように固まった頸椎の許す範囲で頷いてみせた。
そうだ、かつての自分もまた、今の自分と同じような人生を辿った。他人の罪、疑念、無責任な言葉、謂れのない憎悪———その果てにかつての少年は命を絶たれた。
「は、はは……あはは、は。なんだよ……なん、なんだよ……これは」
『んー、壊れちゃった?』
「笑える、だろ……あはは! 全然、違う世界なのに……ヒトは、ヒトの悪性は……こんなにも、変わらない……ッ! それなのに、おれはさ‥‥‥あははははは」
少年の乾いた喉の奥から、泣きそうな笑い声が響く。
科学の発展した前世でも、新たに生まれ変わったこの世界でも。人間というヤツは変わらず醜い。
業に身を任せたヒトは他者を虐げることも厭わない。いや、むしろ進んで他者を虐げる。
それがヒトの本質———二つの世界で生きて、ヒトを見て、ヒトに破滅させられた少年の知った―――分かり切っていたようで、気づきたくなかった―――真理。




