Ep.5-56
昨日から投稿ペースがひどく乱れていましたが、少し取り戻せた感がありますね
「ところで、先程の口ぶりからして、もしやシャール・ホーソーンはこの村に帰ってきているのですか?」
そんな彼の言葉に、二人の女性はこくこくと頷く。
「――そうなの、恥知らずにも帰ってきたのよ! それもちょうど昨日の夜に!」
「盗賊を退治しに出かけていったらしいけど、本当のところはどうなのかしら。そもそも、なんでこの村に帰ってきたのかだって分からないわ! もしかしたら、私たちをみんなレブランクを滅ぼした悪い魔術師の生贄にでもしようとしてるんじゃないかしら」
「やだ怖い! やっぱりあの娘、処分しておくべきなんじゃないかしら」
きゃははと甲高い声で笑いながら、二人はそんな話をしている。他愛もない冗談を口にするように、なんの迷いもためらいもなく、ただ勢いのまま、口にした言葉の強い快楽に酔うかのように。
そんな彼女たちに笑顔を向けたまま、エリオスは少し首をかしげる。
「――処分、というと?」
「それはまあ、ねえ……あはは」
自分で口にした言葉、「処分」の意味を口にすることを避けるような二人。そんな二人を見ながら、エリオスはわずかに目を細める。
そして、小さくため息を吐いてから、話題を変える。
「どうにもお二人はこの村の状況にとても詳しくていらっしゃるようですね。そのシャール・ホーソーンのこと以外で、最近何かこの村で妙なことが起きたり、あるいは見たりはしていませんか?」
「んーそうねえ……」
「あ、あれはどうかしら! 最近身元のよくわからない人が村に出入りしているって。盗賊の斥候か、それともレブランクに入った他国の兵士とか聖教会の密偵だとか噂があったりするけど」
「ああ、それ! そういえば、私それっぽい人を見たわよ!」
「え、どこで?」
「えっとねえ――」
「もういいよ」
不意に響いた声に、二人の会話が止まる。一瞬彼女たちは、その声の主が自分の眼のまえに立っている少年だということに気が付けなかった。
先ほどまでの丁寧な口調とは打って変わった、ぞんざいで苛立ったような言葉。
「え――リドル、さん?」
「もういいと言ったんだよ。二人とも。君たちの声は耳障りで、言葉はいちいち鬱陶しい。これ以上聞くに堪えない、必要な情報を持っていることは確認できたんだ――もう君たちの言葉は必要ない」
「何を言ってるん、です……ねえ、リドルさん……急にどうしたって言うの?」
狼狽えたような表情で、縋るような甘えるような視線と声を投げる二人をエリオスは、薄ら笑いを浮かべながら見ていた。
そして次の瞬間気が付く。風が吹いている――
「あれ――」
「え――」
次の瞬間、二人の身体がぐらりと崩れ落ち、顔から地面へと倒れる。二人は手をエリオスに向けて縋るように伸ばすが、エリオスがその手をとることはなく、その指先は虚空を切った。
そして二人は気が付く、自分の身体に起きた違和感。脚の感覚が無い――
恐る恐る目を向けて、二人は思わず息をのんだ。膝から先の脚が無い。
「ひ、ひぃぃ――ぎ、あああああ!」
「な、何で! どうしてェェ――ああああ、痛い痛い痛い痛いィィッ!」
「――ふふ、君たちの声は不愉快だったはずなのに、その苦悶の絶叫はどうしてか心地いいね」
「だ、誰か……誰か助けて――」
「お願いお願い……殺される殺されるぅ……」
2人は手を伸ばし、道を歩く人々に助けを求める。村の道にはまだ何人か人が歩いている。だというのに、二人の声には誰も応えない。否、誰一人として二人とエリオスの存在に気が付いていない。
声は届かず、苦悶は伝わらず、願いは棄却される。その事実に、二人は絶望的な表情を浮かべる。
「――説明しても仕方ないと思うけど、今私たちがいる場所はディーテ村で会ってディーテ村ではない。私の『怠惰』の権能が作り上げた異空間だ。君たちに見えているのはあくまで外の景色を投影しただけの幻像にすぎない。君たちの声は誰にも届かない。そして――」
エリオスはぱちんと指を鳴らす。その瞬間、再び強く黒い風が吹く。それと同時に、二人の腕の先が消え、血が噴き出す。2人は再び絶叫を上げる。
「これは私の『暴食』の権能――端的に言うとね、今私は君たちを文字通り食べている」
黒い風は次々に、二人の身体に食らいつく。その度に、二人は喉から血が出そうなほどに絶叫を上げ、手足の無くなった体でのたうち回る。
「お、お願いぃぃ……助けて、助けてぇ……」
「死んじゃう……死んじゃうのぉ……リドルさん……リドルさまぁ……お願いぃぃ」
「ん、ああ……そうだ。せっかくだから君たちには私の本当の名前を教えておいてあげようね。殺された相手の名前くらい知っておきたいだろうから。なに、冥途の土産ってやつさ。遠慮はいらない」
「いらない……そんなのいらないから助けてぇ……」
「いや、いやああ……こんなところで死にたくないのぉぉ……」
泥と涙とどす黒い血でぐしゃぐしゃになった二人の顔を見て、エリオスは嗤う。そして告げる。
「私の名前はエリオス・カルヴェリウス。君たちの言う大悪党――レブランクを滅ぼした者だ」
その瞬間、二人の表情は絶望に染まる。引きつり、嗚咽を漏らし、もはや獣のようにむせび泣くのみ。そんな二人ににっこりと微笑みながらエリオスは言った。
「ごちそうさま」
なんだか久々にエリオスが権能を使うところを書いた気がします




