Ep.5-55
「——もう少し聞きたいです。その話」
エリオスは、彼を知る者が見たら怖気が走るほど自然な笑顔で、二人の女性に先を促す。
そんな彼の微笑みに浮かされるように、二人は語り始める。
「聞いてくれますリドルさん? あの娘ったら、せっかく勇者の一行に選ばれたっていうのに、神聖な任務を仰せつかったっていうのにそれを放り出して、ルカント王子を殺した相手に命乞いをしたって噂なんです!」
「そうそう、確かエリオス・カルヴェリウスとかいう大悪党に。そいつがレブランクを滅ぼしたときもそばに控えて何もしないで……どれだけ自分の命が惜しいのだか……全く誇りもへったくれもないんだから」
「——へぇ。つまり、シャール・ホーソーンという少女は、自分の務めも果たせず命乞いをして無様にも生き残った、と……お二人はそれが許せないのですね」
エリオスは白々しく、興味深そうな表情でそう言ってのける。その表情や声音からはその内心は窺い知れないので、彼が何を感じ、考えながらこの話を聞いているのか、その片鱗さえ見えてこない。
それ故に、二人の女性は何の警戒も躊躇いもなく、立板に水を流すように話し続ける。
「そうよ! あの娘がそんなだったせいで、私たちの村は周りの村から迫害されたの!」
「きっと盗賊たちが私たちの村を襲うのだって、ここなら襲ってもいいって思ってるんじゃないかしら。あんな恥知らずを輩出した村だからって」
「その癖、あの娘にはお金とか財産がたくさん遺されてるだなんてひどい話、そんなことあっちゃいけな——あ」
そこまでヒートアップしたところで、女性は思わず口に手を当てて、凍りつく。まずいことを言った、そんな感情がありありと浮かんでいる。
しかし、エリオスはあえてその意味に気がついていないかのようにこくんと首を傾げて見せる。
そんな彼の表情に、安堵の息を漏らした女性たちは誤魔化すように笑いながら話を続ける。
「ごめんなさいね。えっと、どこまで話したかしら?」
「シャール・ホーソーンの家の財産の話まで。国と村を裏切った彼女が、多額の財産を残されているだなんてあってはならない、と……?」
エリオスは状況をいまいち飲み込めていないかのように小首を傾げながらそう言った。その言葉に二人の女性はこくこくと頷く。
「あ——ええ! そうだったわね。ええ、だってそんなのあんまりすぎるわ! 私たちはあの娘のせいで苦しい暮らしを強いられて、盗賊にも襲われて……なのにあの娘はいつでも村を出ていけてそれなりの暮らしをできるような財産を持っていて……」
「ええ、だから私たちあの娘の家を焼いたの。財産ごと全部、ええ全部! 当然の報いだと思わない? それをあの娘ったら、まるで悲劇のヒロインみたいに打ちひしがれて、まるで私たちが悪役みたいじゃない。悪いのはあっちなのに」
そんな風に話をする二人、その目の前でエリオスは少しだけ足をふらつかせる。黒い髪が、大きく揺れる。背後の道に通りかかった男にぶつかりそうになるが、なんとかエリオスはその場に踏みとどまる。
男はそんなエリオスに気付くでもなく、そのまま先へと歩いて行った。
二人の女性は、一方はそんな彼に手を差し伸べて、もう一方はエリオスの横を通り過ぎて行った男に非難の目を向ける。
「大丈夫ですか、リドルさん」
「え、ええ……何とか。いやはやお恥ずかしい」
「彼、狩人のサミュエルね。今にも倒れそうなお客様を無視するなんて、ひどい男ね」
「いえいえ、彼のせいではないですよ」
そう言いながらエリオスは微笑む。そして、自分にまとわりついてくる二人に丁寧に頭を下げながら、立ち上がり、そして少し真面目な顔をして問いかける。
「ところで、先程の口ぶりからして、もしやシャール・ホーソーンはこの村に帰ってきているのですか?」




