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Ep.5-54

少ししてからエリオスはふらりと宿を出た。

夕焼けに染まる村の中を、エリオスはどこへともなく歩く。

荒廃しかけた村ではあるけれど、夜が近づけばそれなりに営みの光は宿るもので、道を歩くだけで夕飯の準備をする親子のにぎわいが聞こえてくるし、料理の香りが漂ってくる。


「たびびとさん? こんにちはー!」


2、3人の子供たちがエリオスの横を駆け抜けながら彼に手を振った。そんな子供たちにエリオスは少し驚きながらも、ひらひらと手を振って見せる。


「あら、見ない方ね。商人さん?」


「やだ違うわよ、きっと旅人さんね」


さらに歩いていると、井戸端会議に勤しんでいた二人の年若い女性が、エリオスの姿をみとめると、近寄ってくる。そんな二人にエリオスはにこやかに微笑みかける。

思いっきりの作り笑顔。だけれども、顔だけは整っているエリオスの笑顔は彼女たちの心を射抜いたようで、二人の視線は彼に釘付けになる。

そんな二人にエリオスは外套の裾を摘みながら会釈する。


「こんにちは、お嬢様方」


「やだ。私たちみたいな田舎者にお嬢様だなんて、お上手なんだから!」


満更でもない様子でそう返してくる女性の髪にエリオスはそっと手を当てて、その瞳をくすぐるように覗き込む。


「お世辞なんかじゃありませんよ? 本当に、あなたの髪も、瞳も——とても美しい」


蕩ける蜂蜜のような甘い声で、エリオスは彼女の耳元で囁く。そしてもう一方の女性には、その手をとって細い指をそっと撫でる。


「貴女も。とても繊細な指をしていらっしゃる。二人ともとても魅力的ですよ」


ニコニコと笑いながら、エリオスはそう言って笑って見せた。彼の言葉に、二人はずいぶんと上機嫌になったようだった。

そんな二人にエリオスは、胸元に手を当てて慇懃に腰を折る。


「改めまして。私はリドル、リドル・グリンデルヴァルト。ここから東のベルカ公国の辺境に住んでいる者で、今回は妹にせがまれてこちらに湯治に来たんです」


愛想の良さそうなさわやかな語り口で、エリオスは偽の自己紹介を何の躊躇いも戸惑いもなくやってのける。その様はまるで、少年貴族のようにあどけなさと同時に高貴さ、清廉さを感じさせるような姿だった。

そんな彼の言葉に、彼女たちは僅かに眉根を寄せる。


「そうだったのね……でも、何もこんな時期に」


「こんな時期にというのは……やはり王都の?」


「そう。王都の騒乱、そして崩壊。その煽りを受けてこの村もだいぶ貧しくなってしまったの」


ため息混じりにそう答える女性に、エリオスはぴくりと眉を動かす。「ほう」と息を漏らし、そしてしおらしい声と表情で応じる。


「そうだったのですね——たしかに、この村の荒廃ぶりは目についてしまいますね。それこそ、途中立ち寄った他の村よりも——何か特別な理由があるのでしょうかね? それとも偶然」


そんな彼の問いかけに、二人は顔を見合わせる。そして、こっそりと耳打ちするようにエリオスに告げた。


「実は別の事情があるんです。一人の小娘のせいでこの村はこんなひどい落ちぶれ方をしてしまったの」


「一人の小娘——?」


エリオスはきらりと目を輝かせ、小さく舌なめずり。そんな彼の反応など気付くことなく、女性は捲し立てるように言う。


「聞いたことあるかしら。勇者であるルカント王子に随行した村娘、シャール・ホーソーンという小娘のこと。全部あいつのせいなのよ」


「——へぇ?」


彼女の言葉にエリオスはくすりと音を立てずに笑った。

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