Ep.5-52
「——武器を捨てて降参しな。さもなけりゃあこの娘の命はねぇ」
ラカムはわざとらしく重々し気な口調でそう言って笑って見せた。分かり切っていた言葉――だというのに、シャールは全身から血の気が引いていく感覚に吐き気すら込み上げてくる。そんなシャールに対して、エリシアは酷く冷静だった。ひどく冷たい表情――それを見た瞬間に、シャールはぞくりと震える。
「……え、エリシア……あ、あの……」
シャールが袖を引くと、エリシアは仮面のように冷たい顔を向ける。
――アイリは自分にとっては大切な存在だ。損ないたくない、傷つけたくない存在だ。それは、レイナとの約束が無くてもそうだった。
でも、エリシアにとっては? 彼女にとってはどうだろう。彼女にとっては今この瞬間に会っただけのただの女の子にすぎない。彼女にとって重要なのはきっと、自分とシャールの命、そして村長との約束と最高巫司から与えられた使命。もし彼女が、アイリの命を天秤にかけたのなら、どちらに傾くだろうか。
「エリシア……エリシア……私、私は……」
アイリを助けてほしい――そう言いたい。でも、言葉が出なかった。
それを口にすることは、エリシアに全てを棄てろと言っているのに等しい。そんなことを彼女に言う勇気は無かった。
でも、彼女を見殺しにしてもいいだなんて口が裂けても言えない。
結果としてシャールは何も言えなかった。
ただ、涙を潤ませて震えるしかなかった。何と浅ましい、何と卑怯な態度だろう。肝心なところを口にせず、自分の想いを口にしてその責任を負うことから逃れている。そんな自分がひどく醜いモノに思えて――
「――はあ……」
エリシアは小さくため息を吐いた。そして次の瞬間、カランという冷たく軽い音が響く。
その音がした方を見て、シャールは硬直する。
地面にナイフが転がっていた。エリシアのナイフだ。
「え、エリシア……?」
「言わなくていい――言わなくていいんだ、シャールちゃん」
そう言って、エリシアは二ッと笑って見せる。何の後悔も、憂いもない晴れやかな笑顔だった。その笑顔にシャールは思わず息をのんだ。
「腰のモンも外せ、そっちのちっこいお嬢さんもな」
見つめ合う二人にラカムは更に要求する。そんな彼の言葉に、苦笑を漏らしながらエリシアは肩をすくめる。
「全く、怖がりだねえ君たち――ほら、これで満足かい?」
そう言ってエリシアは腰に佩いていた聖剣ヴァイストを鞘ごと外して地面に落とす。シャールもそれに倣うように、アメルタートを鞘に納めて地面に置いた。
それを確認すると、ラカムはアイリの首にナイフを当てたままロビンを一瞥する。ロビンはそれで副団長の意思を理解したように、肩をすくめる。
「はいはい、人使いの荒いこって――」
そう言いながら、ロビンはエリシアたちの元まで歩み寄ると、彼女たちに視線を向けたまま用心深く二人の武器を拾っていく。そしてそれを持って、副団長の隣に戻るとあたりの盗賊たちに向けて笑いながら語り掛ける。
「おいお前ら……新商品の入荷だ。丁重に、大事に手入れして差し上げろ」
ロビンの言葉に、撤収作業をしながらこちらを見ていた盗賊たちがぞろぞろと近づいてくる。シャールはこの後の自分たちの処遇について、理解し歯噛みしながらエリシアを見た。エリシアは嘲るような皮肉っぽい笑みを浮かべながら近づいてくる盗賊たちを見ていた。
「――趣味わる」
エリシアがそう零した瞬間、彼女の腹部に盗賊の一人の拳がめり込む。その瞬間、エリシアの表情から笑みが消えた。
「ひぐっ――か、は……」
続けてもう一発、石のように重くがっしりとした拳が彼女の柔らかい腹部にめり込む。いよいよ彼女は立ち続けることもできなくなってその場に崩れ落ちる。そんな彼女の周りに男たちは群がって殴り、蹴りつける。
「う……ぐう……! あ、あが――!」
止まない一方的で圧倒的な暴力の嵐、その中であんなに強かったエリシアが、ただうずくまり、嗚咽を漏らしながら耐えている。そんな彼女の姿に、シャールの眼から自然と涙が流れ出した。
そんなシャールの意識も、自身の後頭部に叩きつけられた衝撃と共に消失した。




