Ep.5-51
「アイリ……アイリなの……?」
シャールは震える声を漏らす。テントから引きずり出された亜麻色の髪の少女。その顔には目隠しと猿轡がはめられているが、シャールがそう口にした途端、縛られた少女は高いうめき声を猿轡越しにあげて、その場で身をよじる。間違いない、あれはディーテ村から攫われたレイナの娘、シャールの幼い友人、アイリなのだ。
「アイリ、アイリ……」
シャールの胸の裡に一番に浮かびあがってきたのは喜びだった。生きている、生きている――死んでいるかもしれないという不安、レイナの前では気丈に否定して見せたけれどその可能性は常にシャールは意識していた。そんな彼女が生きている。それも五体満足で、こんな手の届くような距離に。
そんな喜びが勝っていたからこそ、シャールは今この場に彼女が引きずり出された意味を理解できていなかった。否、そんなことを考えるような思考領域はこの時点の彼女の脳内には存在しなかった。
一方のエリシアはシャールが、少女の名を呼んだ瞬間に全身をびくりと震わせて、強く歯噛みする。盗賊たちの行動の意味を理解できたから。
「アイリ……よかった……本当に……」
「んー、んむゥ!」
全身の力が抜けているような、そんな安堵の声を敵地のど真ん中で漏らすシャール。そんな彼女に何かを訴えかけるようなアイリのうめき声。でもそんな声も虚しくよろよろと、アイリ以外何も見えていないかのようにふらふらと彼女に向かって歩いていく。
そんな彼女の身体が不意に止まる。背後に立っていた、エリシアが彼女の首根っこを掴んだからだ。シャールは、睨むような視線をエリシアに向ける。
「――何を……」
「それはこっちのセリフだよ、シャールちゃん。状況をよく見て、彼らが何で彼女を引きずり出してボクたちの前に連れてきたのか。感動の再会を演出するため? そんなわけがない――なら、彼らにとって彼女の存在意義はなんだ」
エリシアの鋭い視線を向けられた、ロビンとラカムは口の端を吊り上げて笑う。その嗜虐的で玩弄するような下劣な笑みにようやくシャールは正気を取り戻し、そして彼らの意図を理解して青ざめる。
「あ……うそ……そんな……」
「そっちの嬢ちゃんもようやく理解が追いついたようで何よりだ」
ニヤつきながらラカムはそう言った。その声は、シャールの声音が希望から絶望へと反転する様を愉しむようだった。そんな愉しそうな彼の声に、エリシアは歯噛みして表情を歪める。
「ホント、最低」
「は。俺たちみたいな稼業のモンにとっちゃあそいつは褒め言葉だ。まあ、今更言うのもどうかとは思うし、何より陳腐すぎるフレーズではあるんだが……まあ、交渉内容は改めてしっかりと言葉にしておこうじゃねぇか」
そう言うとラカムはロビンからロープを受け取ると強くそれを引いた。アイリの身体が地面に擦りながら、彼の目の前へと引き摺り出される。
足元に横たわるアイリの華奢な身体を見下ろしながら、ラカムはその背中を思い切り右の脚で踏みつける。そしてその首筋にナイフの刃を当てながら笑った。
「——武器を捨てて降参しな。さもなけりゃあこの娘の命はねぇ」
一気に寒くなりまして。皆様お風邪など召されませんよう。




