Ep.1-1
鬱蒼という言葉がよく似合う、空も見えないほどの深緑に覆われた森。その中を幽かに走る獣道を5人組の集団が歩いていた。
先頭を歩くのは騎士風の甲冑とマントを纏った青年。短く刈り込んだ金髪とその目つきは、几帳面を通り越して神経質さすら感じられるほどに整然としていた。
「あまり貼りつくな——敵地だぞ、リリス」
青年はその背後にべったりと貼りつくようにして歩く女性・リリスをそう言って窘める。
薄絹の扇情的な衣を纏い、ウェーブのかかった紫色の髪を靡かせたリリスは、薄紅色の唇を青年の耳元で艶かしく動かして囁く。
「いやですわ、ルカント様? 敵地においてはいつ今生の別れとなるか分かりませんでしょう? だからこそこうして貴方様との細やかな逢瀬を……どうか私のわがまま、お許しくださいませ」
瞳に憂いを湛えさせ、少し背の高い青年・ルカントの顔をしっとりと見つめる。
「……ほどほどに、な」
ルカントは肩で小さくため息を吐くと、リリスのスキンシップを許す。途端にリリスは目を輝かせてルカントの腕に抱きつき、その豊満な胸を押し付ける。その振る舞いに、ルカントの固まった表情も少しだけ揺らぐ。
「ははは、堅物のルカント王子様も傾国の美女には形無しか!」
二人の後ろを歩く男がそう言って茶々を入れる。揶揄われたリリスはニヤニヤと口の端を吊り上げた彼の方を振り返り、その緩んだ顔を睨みつける。
「——アグナッツォ? あんまり、ルカント様を愚弄しないでくれるかしら? 手元の杖が狂って貴方を焼き尽くしてしまいそうだから――あと、私国なんて傾けたことありませんわ」
「おっとそいつァ失礼? なァに、アンタほどの美人が他の男にお熱なんだ、ちったァ粉かけたくなるのが男心ってもんだろォ? あと、堅苦しいからアグナにしといてくれや」
アグナッツォと呼ばれた男は悪びれた風を装いながら、ボサボサの茶髪を掻く。鎧を着てはいるが、ルカントの重厚なソレとは異なる、皮革を用いた軽装備に身を包み、刃の湾曲したカットラスを三本腰に下げている。その粗野と言っても差し支えのない姿は盗賊団に紛れていても違和感がないだろう。
にやにやと笑う彼をリリスは苦々しげに睨みつけて何事か言おうとするが、アグナッツォは苦笑いを浮かべながら、両掌を見せて彼女を宥める。
「アンタたち、さっきからルカント様が敵地だって言ってるでしょ? もうここは敵の魔術師の領地——監視されてるかもしれないのよ‥‥‥」
言い合うリリスとアグナッツォを後ろから窘める声。凛とした声は、その場の空気に張りを持たせる。
「――ははは悪かったよ、ミリアお嬢様」
アグナッツォはそう言って振り返りまた頭を掻く。ミリアと呼ばれた少女は、そんな彼の人を食ったような態度に腹立たし気に表情を歪める。今にもアグナッツォの喉笛に噛みつきそうな勢いだ。
「ははは、ま、ま。落ち着いて落ち着いて、嫁入り前のお貴族のお嬢様がそんなにすぐにイライラしてちゃあよろしくないでしょ?」
「~~ッ! うるさいわね、貴方たちこそ王国に選ばれた勇者の一行としての自覚はあるの!?」
ミリアは一つに束ねたその長い黒髪を大きく揺らしてアグナッツォとリリスをしかりつけた。