Ep.5-45
炎に包まれ混迷を極める森の中。次々に上がる絶叫、断末魔に盗賊たちは恐怖と疑心暗鬼の坩堝に叩き込まれる。そんな中を、シャールとエリシアは真っ直ぐ森の奥へと進んでいく。
「——死ねぇぇ!」
突然炎の影から飛び出した影。手にしたサーベルを思い切り、エリシアの首筋めがけて振り下ろす。
しかし、エリシアは薄ら笑いを浮かべながら、軽いステップとともにその一撃を最も容易く交わすと、その細長い脚を振り回すように、相手の頭部を思い切り蹴り飛ばす。
男の身体はその一撃に、あっという間に吹き飛んで燃え盛る炎の向こうに消えていった。
しかし、次の瞬間には新手の盗賊が現れる。
彼は、今の決着を見て近接戦は不利と悟ったのか、背中にかけた弓に矢を番え、思い切り引き絞る。
「動くな! 動いたら頭が吹き飛ぶぞ!」
彼の構えた弓はギリギリと音がするほどに引き絞られ、それを掴む腕もまた丸太のように太い。戦場であれば一矢で2、3人は貫けるような強弓。「頭が吹き飛ぶ」という表現も間違いではあるまい。
しかし、エリシアはそれをちらと一瞥すると一笑に伏す。
「——やれるものならやってみるといい。よおく狙いたまえよ、じゃないと駆け寄ってきてる味方に当たるかもだ」
飄々としたエリシアの口ぶりに、男はこめかみに青筋を立てる。そんな彼をにまにまとした表情で見つめながら、エリシアは一歩、また一歩と近づいてくる。
「く、来るんじゃねぇ!」
「おやおや、こんなか弱い小娘にビビってるのかい? たいそうなガタイをしてるのに、小動物みたいな怯えっぷりじゃないか」
エリシアの笑みと言葉、それは蛇の毒のように男の精神に注入され、理性がぼろぼろに侵される。
「く、くそがァァァッ!」
「語彙力が貧困だなぁ、君たち。知能の程度が知れてしまうよ?」
そう笑うエリシアに、男は弓を放とうとする。しかし、次の瞬間。
「あ、え——」
背中に感じる熱。炎のそれとは違う、ねっとりとしたナニカの熱。そしてその後に訪れる全身から熱という熱が抜け出ていくような感覚。そして最後に来たのは痛み。引き裂かれるような、切り裂かれるような痛み。
男は、その目眩のするような痛みに急速に力が抜けていくのを感じた。
弓から手が離れ、引き絞られた矢が放たれる。しかし、そんな狙いの定まらないモノにエリシアが捉えられるはずもなく、放たれた矢は炎の向こうに消えていった。その少し後に、2人ほどの男の断末魔が炎に紛れて重なって聞こえた気がした。
エリシアはばたりとその場に倒れ伏した男には目もくれず、その背後に立つ少女に微笑みを向ける。
「ありがとうシャールちゃん。いやはや、おかげで助かった!」
返り血に塗れながら荒い息をするシャールに、エリシアは労いの笑みを浮かべる。そんな彼女にシャールはふるふると首を横に振りながら、倒れ伏した男と聖剣にべっとりとついた赤黒い血を見ていた。
濃密な鉄臭い匂いと立ち込める煙のせいか、脳がくらりと揺れるような感覚に襲われる。
そんな彼女の肩にエリシアは手を置いて、微笑む。
「さあ、そろそろゴールは近い。急ごう、シャールちゃん」




