Ep.5-43
エリシアが森の奥に向けてランタンを投げ込んだ瞬間、シャールは目の前で一体何が起こったのか分からなかった。
数瞬遅れて、ランタンのガラスが割れるパリンという音が響いた。
そして次の瞬間、おそらくランタンが落下して砕けたであろう地点から火の手が上がる。
「な、何をしたんです!?」
シャールは口をぱくぱくとさせながらエリシアの耳元で小声で叫ぶ。エリシアはにんまりと笑いながら、答える。
「そりゃあ、撹乱作戦だよ。いきなり切り込むのは危ないからね。相手の集団を混乱状態に陥れてから、それに乗じて成敗! シンプルでしょ?」
「だからって……というかそんなに上手くいくわけ……」
そこまで口にして、シャールはあることに気がついた。火の回りが速い——十数秒程度で、既に火が家一つ分くらいにまで広がっている。
普通、ランタン程度の火を投げ込んだところで火事なんてそこまでは広がらない。せいぜいボヤがいいところだ。仮に運良く、空気が乾燥していてカラカラの落ち葉の上に落ちたとしても、ここまで早くは広がらない。
異様な強さの炎を観察しながら、シャールはあることに気がついた。
「——ランタンに細工が……?」
思わず口にした言葉に、エリシアはぱちぱちと拍手をして見せる。
「ご明察。あのランタン、ちょっと形がおかしかっただろう? あれは中に引火しやすい亜麻仁の油をたっぷり仕込んである。その上ダメ押しで炎の魔術の刻印もね」
「それも、最高巫司様が……?」
「そ。尤も、彼女に教えてもらった技術をボクが真似して作ったものだけどね」
一体なんてものを教えているんだ。シャールの中で、最高巫司のイメージが音を立てて崩れたような気がした。
パキパキと音を立てながら火が広がっていく。そんな炎の音の向こうから聞こえてくる声にも変化があった。いやに楽しげだった男たちの声は、焦りの声と怒号に変わる。
あっという間に森は炎に包まれる。炎の向こうで慌てて消火のために水をぶちまける人影がいくつも見えた。
「さて、頃合いだね。行こうか」
そう言って、エリシアは腰に手をやる。しかし、彼女は聖剣ではなく大ぶりなナイフを手に取った。
「聖剣は使わないんですか?」
シャールは思わず問いかける。エリシアは、一瞬口元に手を当て考え込んでから、すぐに返答する。
「んー、ほら。こんな火事の中で炎の聖剣なんて使ったら、いよいよ取り返しのつかない大惨事じゃない? だから、ね」
少し歯切れの悪い答え。というか、こんな火事を起こしておいて、今更な気もする。
色々言いたいこと、聴きたいことはあったけれど、シャールがそれを問う暇もなく、エリシアはナイフを手で器用にくるくると回し操ってみせる。
「安心してよシャールちゃん。ボク、出自が出自だからこういうナイフも使い慣れてるのさ。なんだったら、聖剣みたいなロングソードよりも勝手知ったるって感じさ。ああ、もちろんシャールちゃんは聖剣を使ってね」
捲し立てるような彼女の言葉や所作に違和感を感じつつもシャールは聖剣を抜く。
「アメルタート、出番です。私を助けて」
そう語りかけ構えると、アメルタートはその刀身を若草色に輝かせた。
それを見てエリシアはにっと笑う。
「じゃあ、行こうか。盗賊狩りのお時間だ」




