Ep.5-41
「シャールちゃん! ……良かった、心配したよ」
焼け焦げた家の前に戻って来ると、エリシアが近くの石垣に腰かけて足を組んでいた。夕焼けの光の中に照らし出された彼女の姿は本当に絵になる。思わずため息を吐きながら近づいた彼女に気付くと、エリシアはほっとした表情を浮かべる。やはり心配をかけてしまっていたようだ。
「ごめんなさい、エリシア。ちょっと出かけてました」
「いいよ……って言いたいところだけど、ホントは結構心配した。でも、無事でよかった」
少しだけ唇を尖らせながらも、エリシアは笑顔でそう言った。そして彼女はちらとシャールの胸元に視線を落として、目を細める。
「そんなブローチつけてたっけ?」
「あ……これは……えっと、何というか話すと長くなるというか……」
「ふうん。ま、いっか。それじゃ、そろそろ日も落ちる。行動開始のお時間だ――でも、その前にシャールちゃん、改めて聞いておくね。君はこの盗賊退治、本当に戦える?」
エリシアの言葉に、シャールはぴくりと身体を震わせる。シャールは小さく息を吐いて呼吸を整えるとじっとエリシアを見つめる。彼女の瞳にあるのは、同情や憐憫でもなければ、侮りでもない。純粋な心配だった。
きっと彼女はこう問いたいのだろう。本当にお前はこの村のために命を懸けて戦えるのかと。戦っている最中に、「どうして自分は……」などと迷いを生じさせることは無いかと。
「私は……」
シャールは唇を噛み、少しの間黙り込む。確かに、全てが奪いつくされたのだと理解したときの自分ならば、迷うこともあっただろう。いや、きっと今でも「村人たちのために戦う」という題目の下であったのなら、自分はきっとまだ悩んでいた。迷っていた。もしかしたら投げ出していたかもしれない。
でも――
「戦う理由ができたから……絶対に負けられない理由が出来たから。それに、約束したから――だから、戦えます。戦います」
胸元のブローチ、そこに嵌められた絶えず色を変える宝石の冷たさに触れながら、シャールは強くはっきりとそう言った。そんな彼女の言葉に、エリシアは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐににっこりと微笑む。
「……そっか」
短くそう口にすると、エリシアは立ち上がり、そして思い切り伸びをする。そして、ちらとブローチに触れた彼女の指先を見つめる。
「それじゃあ気兼ねなく旅立つとしよう。君にそこまで言わしめた理由と約束については、道すがらゆっくりと聞かせてもらうよ」
「お望みなら、いくらでも」
そう言ってシャールとエリシアは互いに顔を見合わせて笑いながら、歩き出した。
§ § §
「行ったみたいだね。二人とも」
村の小高い丘の上に立つ宿の一室。その窓からは村の全てが一望できる。そんな窓の桟に腰掛けながら、エリオスは目を細めて村の外へと繰り出していく、二つの人影を眺めていた。
そんな彼を見ながら、アリアはぽつりと呟いた。
「——大丈夫かしらね。あの二人」
「心配してるの? らしくもないね、情が湧いた?」
「まさか」
エリオスの勘ぐりを、アリアは鼻を鳴らしながら一蹴する。そんな彼女を見やりながら、エリオスはゆらりと立ち上がる。
「さて、私は少し出てくるよ。この村、色々と気になるところがあるし。なんか色々ときなくさい」
「ついて行った方がいい?」
そう尋ねた彼女の顔は明らかに、露骨なまでに嫌そうな顔をしていた。そんな表情にエリオスは僅かに逡巡したが、最後には諦めたようにため息をつく。
「別にいらないさ。温泉に行くなり、部屋でのんびりするなり好きにしていい——でも、一応忠告しとくね。危ないことが起きたら、無茶だけはしちゃダメだから」
エリオスの言葉に、アリアは眉間に皺を寄せる。まるで、危ないことがアリアに降りかかるかのような言い草ではないか。
そんな怪訝な顔を浮かべるアリアに、エリオスは苦笑を漏らす。
「もちろん、万が一……億が一の可能性さ。でも、心には留めておいておくれ。何かあっても、私は必ず君を守るから」
そう宣ったエリオスに、アリアは不思議そうに首を傾げて見せるのだった。




