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Ep.5-39

「――それはできません」


悲痛な表情を浮かべながら、シャールはそう答える。その瞬間、レイナの表情が凍り付いた。かと思ったら次の瞬間には真っ赤になって歪み始める。


「どうして……どうしてよ! 貴女は憎くないの? 自分も同類だから!? 私からアイリを奪った罪人だから? だったら償ってよ、やつらを殺して償ってよ!」


身勝手だ。無茶苦茶だ。でも、シャールは彼女の言葉をそう一蹴することはどうしてもできなかった。だって、彼女の顔が、言葉があまりにも露悪的で、それでいて悲痛だったから。精神がきしむ音が聞こえてきそうなほどに壊れかけた彼女は、次第にその場に崩れ落ちながら、彼女の胸を弱弱しく殴る。


「どうして……お願い、お願いよ……そうじゃなくちゃ、私……もう……」


「レイナおば様。気持ちは理解できるんです、でも私にはきっとそれはできないし、そんなことをした私はきっともう誰にも顔向けできない。そうなってしまうのが、私はとても怖い」


そう言ってシャールは振り上げられたレイナの拳を受け止める。そして、その場に膝をつき、彼女に目線を合わせる。うるんだ瞳が小屋の中に漏れ入る午後の光を映して輝いていた。血走った眼だけれど、その瞳の美しさは以前と変わらない。


「おば様も、考えてください。さっき、自分で言ってたじゃないですか。アイリは正義感の強い子だって。そして優しくて、強い子でもある」


「そ、それが何だって……あの子はそんなこと望まないとでも言いたいの? 知ってるわよそんなこと! 醜悪でひどいことだなんて……でも、だとしても私は……そうせずには、そう願わずには……!」


「ええ。きっとアイリはそんな復讐なんて望まない。でも、それはおば様の復讐心とは別のモノで、別の問題です。だから、私は彼女が望まないだろうからといって、それを止めようとするなんてことは私にはできません。でも、私はそんなことはしたくないから、卑怯にも彼女をダシにして貴女を説得する」


そう言って、シャールは言葉を切る。そう、卑怯だ。本当に卑怯。

散々予防線を張って、自分は貴女を尊重するかのように語っておきながら、結局は「自分がしたくないから」私は彼女の心の柔らかな部分に爪を突き立てる。でも、仕方ないじゃないか。殺す覚悟は必要かもしれない、でも自分には惨たらしく人の命を嬲るような覚悟も、それに耐えうる心の「強さ」もない。そんなことをして、いつも通りの明日を送れる自信がない。

それはレイナもきっと同じこと。彼女だって、そんなことを願い、それが成就した暁には、きっと今まで通りの彼女ではいられない。レイナはそうすれば元通りの自分に少しずつ戻れるのだと思っているのかもしれないけれど、絶対にそんなことはないのだ。

そしてそんな風に成り果てた彼女のことを、きっと誰よりもアイリが悲しむと思う。だから、残酷で卑怯だけど、告げるのだ。


「おば様。貴女はそんな言葉を言っている自分をあの娘に見せられますか」


「――ッ!?」


「今、貴女の中で煮えたぎる憎悪。きっと私の想像も及ばないほどに、深く暗いものなのかもしれない。でも、それを一時発散したとして、それで貴女は満足ですか? その後の一生、胸の中の彼女を思い返すたびに自分の醜さを思い出して、自己嫌悪に陥って……私はきっとそんな地獄に耐えられない。それでも、貴女はその発散を望むんですか? 先の地獄を知ってなお」


シャールは努めて冷たく、抑揚を抑えて、まるで他人事かのように言葉を口にする。そうしないと、自分の感情もあふれ出して、収拾がつかなくなってしまうという確信があったから。

シャールの言葉にレイナは唇を震わせて、そして地面にぺたりと手をついてそして肩を震わせる。


「う……うう……ああ、ああああ!」


嗚咽を漏らすレイナをシャールは苦し気な目で見つめていた。

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