Ep.5-38
「え――」
レイナの絞り出すような言葉を聞いた瞬間、シャールは全身から力が抜けていくような感覚に襲われる。足元がふらつく、立っていられない。視点も定まらなくて、息が荒くなる。
「そんな……アイリが……」
「――そんな顔を貴方がするのね」
レイナは静かな声でそう言った。彼女の震える唇と握りしめた拳に気付いて、シャールは苦し気に表情を歪める。ああ、これも「私が招いたことなんだ」。シャールは奥歯を砕けそうなほどに噛み締める。
――自分が生き残ってしまったから。自分がさしたる抵抗をするでもなくエリオスにつきそい、レブランクの崩壊に立ち会ってしまったから。
視界が揺らぐ。零れ落ちそうな涙を必死で押し殺しながら、それでもシャールはなんとか踏ん張ってその場に立ち留まる。そんな彼女を見て、レイナは驚きとも悲しみともつかない表情を浮かべてから、ゆるゆるとかぶりを振る。
「……ごめんなさい。どうかしてたわ……貴女は、変わってなんかいなかったのね」
「……いえ。どう言いつくろっても、私の責任を完全になかったことになんてできませんから」
二人の間に再び沈黙が生まれる。そんな中、シャールが切り出す。
「……アイリは、いつ……? もしかしたらまだ何とかなるかも――」
「無理よ」
レイナはシャールの言葉を遮って、悲し気に首を振る。その言葉にはどこか苛立ちにも似た刺刺しさがあった。シャールの知るレイナはもっと穏やかで、柔和な人だった。しかし、そんな穏やかさは今の彼女からは失われているように見えた。アイリに受け継がれたはずの波打つような亜麻色の髪は、艶を失っていた。化粧で隠しているが、目の下にはよく見ればうっすらと隈のようなものも見える。
辺境の村にありながら美容に気を使い、その知識や技術を惜しみなくアリアやシャールに教えていた彼女の面影はひどく薄れてしまっている。
レイナは額に手を当てながら、ため息交じりに続ける。
「あの子がさらわれたのはもう二週間も前なの。もうとっくに国外に売り飛ばされているかもしれない……いえ、あの子は正義感が強いから……もしかしたら盗賊に歯向かって……」
そこまで口にして、レイナは自分の口元に手を当てる。よくない想像をしたせいで、嗚咽と共に喉の奥を熱いモノが駆け上がって来たようで、低く呻きながらレイナはなんとかそれを押しとどめる。
「……ねえ、シャール。貴女、あの赤髪の勇者と一緒にいたわよね」
「え、あ……エリシアのこと、ですか?」
「そう。彼女、少し前にこの村に来た時に、村長に盗賊たちを倒すって宣言したって聞いたわ。貴女も、それについていくの?」
「え、は……はい」
低く響くレイナの言葉にそう答えてから、シャールは彼女の目が獣のような光を宿しているのに気が付いた。その目を見た瞬間に、シャールは全身に怖気が走るのを感じた。
シャールが一歩、後ずさろうとした瞬間にレイナの両手が彼女の肩を掴んだ。そして、血走ったような目で彼女を見つめる。
「ねえ……お願い。あいつらを殺して……皆殺しにして……私からあの娘を奪ったあいつらを……! とびきり惨く、残酷に!」
「……レイナ、おば様」
壊れてしまった。レイナの言葉を聞いて、シャールはそんなことを思った。
もしかしたら、ここで彼女の言葉を受諾してやれば少しは昔の彼女のように戻れるのかもしれない。今すぐには無理でも、近いうちにゆっくりと。でも――
「おば様――それはできません」




