Ep.5-37
「――アイリには、会わせられないわ」
苦し気な表情でレイナはそう告げた。その言葉に、シャールは愕然とした表情を浮かべる。足元が震えて、手に持っていた布袋がぽとりと床に落ちる。シャールは崩れ落ちそうになるのをなんとか抑えながら、弱弱しい足取りでレイナに近づく。
「どうして……どうしてですか……私が、私が裏切者だからですか……だから会わせてくれないんですか」
「シャール、違うの」
「それともアイリが、アイリが私のことを嫌いに……? だから、私はあの子に会えないんですか……」
「違う、違うわシャール。お願い聞いて、シャール」
レイナはシャールの肩を両手で押さえて、唇を震わせるシャールに視線を合わせる。
「あの子は……もうここにはいないの」
「え……」
レイナの言葉にシャールは言葉を失う。そして、次の瞬間ここまで自分が口にした言葉の罪深さに狼狽する。口に手を当てて、後ずさりながらシャールは目を潤ませる。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……私、ひどいことを……」
「落ち着いてシャール。貴女のしたかったことは分かったわ。だから、今度は私の話を聞いてちょうだいな」
そう言ってレイナは部屋の隅にあった椅子にシャールを座らせると、話しだす。シャールが村を出ていた間に、アイリ――自身の娘に起きたことについて。
「――貴女は、アイリ……アイリーンとは仲良くしてくれていたわね……」
どこか遠くを見つめるような視線で、レイナはそう切り出した。そんな彼女の言葉に、シャールは小さく頷く。
アイリ――アイリーン・ジューンベリーはシャールの5つ年下の女の子だ。昔からジューンベリーの家とシャールの家とは家族ぐるみの付き合いがあったが、その中でもアイリは本当にシャールに懐いていて、よく彼女の家に遊びに来ていた。両親を失ったばかりの時期のシャールにとって、彼女の花咲くような笑顔は救いだった。
巾着袋に設えられたリボンは、かつてシャールが彼女にせがまれて金の糸で刺しゅうを施してあげたものだった。
シャールの手の内にあるそのリボンを見つめながらレイナは続ける。
「あの子は本当に、貴女のことを好いていたわね。だから、周りのみんなが貴女のことを責めた時も、一人で貴女を庇おうとしてた……だから、あの子が貴女を嫌いになったなんてことは本当にないの。でも、やっぱり小さな子供の言葉なんて、怒り狂った大人たちには聞き入れられなくて……だから、諦めたものだと思ったけれど」
「アイリは守ってくれました。私の一番大事なものを……危ない橋を渡って」
「ええ、それでもあの子は聡い子だから。私たちに迷惑をかけないようにと気を使いつつ、貴女の大切なものを守ったの。だから私たちは今も村の人たちと普通に生活が出来ている……いいえ、できていたというべきかしら」
そう言ってレイナは表情を曇らせる。シャールはざわざわとかきむしられるような胸騒ぎを抑えながら、口を開く。
「アイリは……アイリに何があったんですか」
聞きたくない。聞きたくないけれど、聞かないわけにはいかなかった。そんな彼女に、レイナはどこか諦観の混じったような吐息を漏らしながら答える。
「攫われたの――盗賊たちに……」




