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Ep.5-36

シャールは村の道を駆け抜けていた。突き刺さる視線も、地べたに叩きつける脚の痛みも気にならないほどに一心不乱。風になったように無新で駆ける。

息を切らしながらシャールは目的の家の前に辿り着く。そこまで来て、シャールは自分の考えなしさに気が付いた。今の自分が訪ねても、迷惑なだけじゃないか。それ以前に、迎え入れてすらもらえないのではないか。そんな不安がよぎる。その瞬間に、周囲の視線の鋭さに気が付いた。

村人たちの敵意の視線が自分の背中に、そして今自分が目の前に立っている家にも注がれている。

――お礼を言いに来たのに、巻き込んだりしたら本末転倒じゃないか。

シャールは小さくため息を吐いて、踵を返しそうとする。しかし、ふとその家の窓の一つが目に入った。


「……あ」


その窓の影から、一人の女性がシャールを隠れるようにしながら見つめていた。同じ村の一員だから当然だけど、知っている女性だ。そんな彼女の視線が、他の村人たちと違うような気がしてシャールはほんの少しだけ期待を抱く。シャールが気づいたことに気付いたのであろう女性は、ちらと視線を動かす。

彼女の視線の先には、小さな古びた小屋があった。シャールは彼女の意図を理解して、踵を返した。



§   §   §



それから数十分ほど経って、シャールは人気のない小屋の中にいた。

正直、彼女の意図を自分が正確に読み取れていたのか分からない。それと同時に、実は彼女が他の村人たちと同じなのかもしれないという疑念さえあった。

だから、ギィという軋んだ音と共に扉を開けて、女性がひとり入ってきたときは思わず安堵の息を漏らした。


「久しぶりね、シャール」


落ち着いた声だけれど、その端々が震えているのをシャールは聞き取っていた。それでも、まっすぐにシャールを見つめようとしている彼女の姿に、シャールは悲しいような嬉しいような複雑な感情を抱いた。


「――お久しぶりです。レイナおばさま」


レイナと呼ばれた女性は、肩を竦めながらちらちらと外の様子を伺いつつ、シャールを見つめていた。そしてわずかに逡巡したのちに、決心したように口を開く。


「――傷が、増えたのね」


「え、あ……はは。そうかもですね」


「気をつけなさいね。女の子なんだから……」


そこで、レイナの言葉が途切れる。そして訪れる沈黙。気まずい沈黙が続く中、シャールはポケットから、件の巾着袋を取り出した。


「これ……アイリのですよね」


「――ッ!」


シャールの言葉、そして彼女が取り出した袋につけられたリボンを見てレイナは表情を硬くする。


「……この中にはこのブローチが入っていました。そして手紙も……私の家の庭に埋めて隠されていました。……このリボンの装飾は私がアイリのリボンに施したもので、この文字はアイリの文字ですよね」


「……そうね。ええ、これはアイリの……そう、これが貴女がウチに来た理由だったのね」


レイナは全ての事情を察したように、そして諦めたように脱力してそう答えた。そんな彼女の瞳に、奇妙な憂いの色が浮かんでいるのが気になった。


「レイナおばさま、私アイリにお礼が言いたくて伺ったんです……アイリに会わせてもらおうことはできませんか」


切実な希望を込めたシャールの言葉。レイナは目を伏せながら、おろおろとしたように視線を右往左往させる。しかし、すぐに小さくため息を吐いてシャールに告げる。


「――アイリには、会わせられないわ」

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