Ep.5-30
これからの方針を決めたシャールとエリシアは、そろって村長の家を出る。村人たちからの目が痛かったけれど、こそこそとするのは負けたような気がする――だから、二人は玄関から堂々と出ていき、そして今も村の表通りを真っすぐに歩いていく。
わざとらしく嫌味な会話を見せつけるようにする男たちや、こそこそと耳打ちしあいながら刺刺しい視線を投げつけてくる女たちの中を二人は歩いていく。
そんな中、不意にシャールは足を止め、視線を一点に注いだ。釣られてエリシアも彼女の見つめる先に目を向ける。
二人の見つめる先、古びた商店の煉瓦の壁の向こうに青色の髪が揺れていた。しかし、少しするとその青い髪は建物の影に引っ込んでしまった。
シャールとエリシアは顔を見合わせると、纏わりつく村人たちの視線を振り払うように、青い髪が消えた商店の影へと駆け込む。
「やあ、おはよう二人とも。尤もそろそろ日が中天にかかる時間だけどね」
二人を迎える声が響いた。
煉瓦の壁に背をもたれさせてエリオスは目を細めながら二人の背後をじっと見つめると、ふいにぱちりと指を鳴らす。
その瞬間、周囲の空気が変わる。まるで、濃霧に取り囲まれてしまったような、外界と緩やかに隔絶される感覚。
「——余計な手間かとも思うけどね。君と私の繋がりをあまりこの村では勘繰らせたくないから、少し村人たちを煙に巻かせてもらったよ」
「認識阻害の術式かな……用心深いことで。そんなに村人たちにバレるのが怖いの?」
エリシアは昨日の仕返しと言わんばかりに、口の端を釣り上げながら煽り立てる。しかし、そんな彼女の言葉にエリオスはゆるゆるとかぶりを振る。
「違うね。これは慈悲。私のためではなく、彼らのため、そして君たちのための措置だ」
「——ッ!」
「私がエリオス・カルヴェリウスだと分かったら、村人たちはどうするだろうね。あの場にいただけの君にすらあんな苛烈な憎悪を向ける彼らだ。私への憎しみも相応だろう。嗚呼でも、直接私を叩くのは意気地なしの彼らには出来ないかな。もしかしたら、アリアを狙うかもしれないねぇ」
エリオスの口から自分の名が出ると、アリアはちらと彼に視線を向け、その薄ら笑いの顔を睨みつける。そんな彼女に肩を竦めつつ、エリオスは続ける。
「そんなことになれば、この村とその人々がどうなるか、私がどうするか——分からない君たちじゃあ無いよね?」
エリオスはそう言って自分のもたれかかった煉瓦の壁を撫でた。その仕草に、シャールは空恐ろしいものを感じて口をつぐむ。
「——やめてください……そんなことは……」
「それは彼ら次第さ。だが、私としてもわざわざそんな手間をかけたくはない。何より温泉を楽しみにしてきたご主人様の意思に反する。だからこうして、彼らに干渉されないように術まで使っているのさ」
エリオスはそう言うと、鼻を鳴らしてエリシアに嘲笑うような視線を送る。エリシアは少しきまりの悪そうな表情をしながらも、肩を竦めて苦笑する。
一方のシャールは変わらず警戒の視線をエリオスに向け続けていた。エリオスはそんな二人を見ながら、小さく息を吐く。
「——いらない時間をとってしまったね。さて、本題に入ろう。君たちの今後の予定について、是非聞かせてもらおうか」




