Ep.5-29
「では、改めて我が村を襲っている盗賊たちについて説明させてもらおう」
そう言って、村長は立ち上がり壁に貼られた古びた地図を手に取ると、それをテーブルの上に広げる。陽の光にさらされ続けて黄ばんだ紙の地図には、レブランク王国の東側の地形が描き出されていた。村長は、懐からパイプを取り出すとその先端で地図上の一点を指し示す。
「――ここが、ディーテ村だ」
王国を南北に縦断する山脈にぴったりと沿うように描かれているディーテ村を指し示した後、村長はパイプの先端を、山脈の東側をぐるりと縁で囲むように走らせる。
「そして、やつらの活動範囲はだいたいこれくらいだ」
「――広いね。湖水地方ほぼ全域じゃないか」
エリシアは低くそう言った。彼女の言葉に、村長はいかめしい表情で頷く。
シャールも二人と一緒に地図を覗き込む。村長が示した範囲には、ディーテ村の他にもいくつか村や町が点在している。
「他の村も、襲われているのでしょうか……」
「おそらくはね。尤も、今我が村は他の村とは断交状態にあるからね。他の村の被害状況は公式には入ってこない。だからこの行動範囲の情報も、なじみの商人からの噂話しか根拠がない」
村長の言葉に、シャールはわずかにうつむいた。そんな彼女を気遣いつつも、村長はさらに話を続ける。
「行動範囲もだが、連中の組織としての規模もそれ相応だ。以前ディーテ村を襲撃したのは、騎馬隊が10数騎、それ以外が20人ほど。だが、どうやら彼らは盗賊団全体の一部に過ぎないらしくてね。全体の規模はそれ以上ということになる」
「……傭兵団が盗賊に堕ちた、ってところかもね。それで、被害は?」
「家畜の牛が5頭、馬が4頭、鶏は10数匹。金品食料は詳細な数は不明だが相当数。そして……」
「人も、かい?」
エリシアは眉根を上げながら言いよどんだ村長に続きを促す。村長は深くため息を吐いて、諦めたように口を開く。
「ああ、それが一番甚大だ。子供が男女合わせて20人、大人は女が6人ほど連れ去られた。男は抵抗して死んだ者が15人ほど。女子供は皆、奪われた家畜用の馬車に詰め込まれてどこかへと連れ去られてしまった」
沈痛な表情でそう告げる村長。シャールはその言葉を聞いて、足元が崩れるような衝撃を受けた。それだけ多くの人が被害にあったのか。きっと今、この村には家族を連れ去られた人、殺された人たちもいるのだろう。そんなことを思うと、自分に向けられた烈火の如き憎悪の感情も、仕方ないモノだと受け入れてしまいそうになる。
唇を噛み締めるシャールを横目に、エリシアは村長に訊ねる。
「追跡はしてないのかい?」
「けが人や死者が多くてそれどころじゃなかった。そもそもディーテ村には、盗賊団相手に追跡何てできるような手練れはいないよ。皆、農作業と商売しかしてこなかったからね」
「それはそうか。じゃあ、連中の拠点に心当たりはないか……」
両手を顔の前で合わせる尖塔のポーズをとりながら、エリシアは目を細める。そんな彼女を見ながら、村長は躊躇いがちに口を開く。
「……一つ、あるにはある。拠点というには不足かもしれないが……」
「それは……?」
村長はパイプの先を地図上の一点に置く。それは、ディーテ村の南東にある森だった。近くにはベルカ公国からの街道が通っている。
「私の家の者に調べさせたのだがね。最初に村が襲われてから数日後から、この森の奥から何人もの男たちの喚き声がしたり、明かりが見えたりするらしい。盗賊団の本拠地とは考えづらいが、時期的なことを考えると、無関係ではあるまい」
「――野営地。そう考えるのが妥当かな。ちょうど他の村々とも近い距離にあるしね」
エリシアの言葉に村長は頷く。エリシアは、地図を見ながら口元に手を当てて考え込む。そして、シャールと村長をかわるがわるに見ながら尋ねる。
「ボクとしては、この野営地に今夜あたり奇襲をかけたいと思ってる。そこから、盗賊どもを尋問して一気に本拠も落とす。でも、またいつこの村が襲われるとも限らない。そう考えると、わざわざ打って出るよりもやつらがまた来るのを待った方がいいかもしれない……その辺り、二人はどう思う?」
「……私があまりこの村に留まりすぎるのもよくないでしょうから……私はエリシアさま……じゃなくて、エリシアの意見に賛成です」
慣れない呼び方に戸惑いながらも、しっかりと言いなおしたシャールに不覚にもエリシアはその表情を緩める。シャールはそんなエリシアの顔を見て、わずかに頬を赤らめる。
「私もエリシアの案に賛成だ。いつ来るかも分からない盗賊たちに怯える日々を、村の者たちにいつまでも送らせるわけにはいかないからね」
「――決まったね」
エリシアの言葉に、シャールと村長は頷いた。
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