Ep.5-28
一夜が明けてエリシアとシャールは階下の居間で、村長と共に朝食をとっていた。カーテンの閉め切られた部屋の中、かちゃかちゃと食器が立てる音だけが響いていた。
薄いカーテンには、窓の外からこちらを覗き込む人影が映し出される。
二人がいるのが村長の家だからなのか、或いは昨日のエリシアの威嚇が効いているのだろうか。村人たちは何かものを投げるようなことも、罵倒の声を上げることもなかった。それゆえに、朝食の席は居心地は悪いが静謐なまま終わり、食後のティータイムへと移行した。
「エリシア、以前貴女が来たとき、貴女はこの村を度々襲っている賊を退治してくださるとおっしゃっていましたね」
紅茶を一口含んでから、村長は昨晩と変わらない穏やかな声で確かめるようにそう言った。その言葉に、エリシアはわずかに顔を顰める。
「んん、まあ……そう、言ったね」
歯切れの悪い返事に、村長は苦笑を漏らす。
「――分かっています。あのような仕打ちを受けて、なお村人たちのために働こうなどとは思いますまい。むしろ、一刻も早くこの村から立ち去りたいのでは……?」
「――正直に言うとね。このまま、シャールちゃんをこの村に留め置くのもボクとしては……」
エリシアは苦し気な表情を浮かべる。彼女としては、村長に期待を持たせてしまった手前断り辛いが、それでもあれだけ昨晩傷ついていたシャールをそれに付き合わせるのも許容しがたいのだろう。低くうなるエリシアを見つめて、村長は微笑みながら、それでいてどこか悲し気に口を開く。
「……仕方ありません。本来、これは村の者たちで解決すべき問題ですから」
「ああ、すまないけど今回の話は無かったことに――」
「いえ。やらせてください」
エリシアの言葉を遮って、シャールはそう言った。その瞬間、エリシアも村長も表情を強張らせる。正気を疑うかのような目線を向けられて、シャールは思わず苦笑を漏らした。
「そんな……何故、何故だシャール? 君は……そう、我々を憎んではいないのか!? 恨んではいないのか!? 何故そんな……無理をしているのなら、止めた方がいい。誰も咎めはしない、咎めさせたりなどするものか」
「――ありがとうございます、村長。でも、私は無理なんてしていないんです」
ひどく動揺する村長に、シャールは微笑みを浮かべながらそう答える。その言葉に、村長は唇を震わせていたが、すぐに落ち着きを取り戻し、深く息を吸ってから改めてシャールを見据える。
「……では、何故。君はこの村を救おうとしてくれるんだい」
「だって、村長が自分で言っていたじゃないですか。『これはこの村の者たちで解決すべき問題だ』って。私だって、このディーテ村で生まれ育った、この村の一人です。みんなは、もうそんな風に認めてくれないかもしれないけど」
シャールはどこか寂し気な表情を浮かべながらそう微笑んだ。村長は、どこか気まずそうな表情を浮かべる。無意識にシャールを『村の者』から除外してしまっていたきまりの悪さからだろうか。村長は口元を皺の刻まれた手で押さえながら、目を伏せる。
「いや……しかしだね……そんな理由で」
「それに、これは私自身のためでもあるんです。私は、村の皆さんともう一度ちゃんと話をしたい。和解だとかそういうのは二の次で、ちゃんと話をしたいんです。でも、今の私では対話のテーブルについてもらうことすらできない。だから、これをそのきっかけにしたいんです」
真っすぐ、芯の通った視線と言葉に、村長は深く深くため息を吐いた。両手で顔を覆って、数秒間逡巡するかのように息を止める。
「そうか……そうだったな……」
村長はそう言いながら、顔から手を離す。その顔には、少し困ったような笑みが浮かんでいた。それでもその瞳は優し気に、まっすぐシャールを見つめている。
「シャール。君は昔から、周りに流されているようで、実のところは強情な子だった。ああ、そんなところは本当にご両親にそっくりに育ったね……」
「そう、でしょうか。あはは、村長がそう言ってくれるのなら、そうなのかもです」
シャールは村長の言葉に思わず表情を綻ばせた。幼い頃に亡くなった両親が、自分の中にしっかりと息づいていることに喜びを感じる。そんな彼女を見て、村長は覚悟を決めたように表情を引き締める。
「――それではシャール、エリシア。二人に改めてお願いしよう。この村を襲い、人を損ない財を掠めとる賊を、君たちの手で退治してほしい」
村長の言葉に、シャールは深く頷いて答えた。




