Ep.5-27
「――あら、帰ってたの?」
ディーテ村の中心にある宿屋の一室。濡れた青い髪を弄りながら部屋へと入ったバスローブ姿のアリアはそう口にした。彼女の視線の先には窓際の揺り椅子に腰かけて、天井を眺めながら揺れるエリオスの姿があった。
「君は……風呂上がり? そんな恰好で宿の共用スペースを歩いてきたわけ?」
「あら、悪い?」
「不用心すぎる。君は見た目だけは可愛らしくて、完璧な肉体美の持ち主なんだから少しは警戒心を持ってほしいな。従者として心臓に悪い」
「セリフが色々最低よアンタ。それはともかく、別に良くないかしら? だって、この宿の御客様は私たちだけなんだし。だいたい、この狭い村の中にアンタがいるのなら、何かあっても問題なんてないでしょう」
「それはそうかもだけどねえ……」
そう言いながらエリオスは目を伏せて、深く深くため息を吐いた。そんな彼を横目にくすくすと笑いながら、アリアはちょこんと揺り椅子に座るエリオスの膝の上に腰掛ける。エリオスは一瞬驚いたような表情をしながらも、特段彼女を払いのけるでもなくそのまま椅子の上で揺れていた。
「あの子たちに会ってきたんでしょ? どうだったの?」
「――ちょっとばかりエリシアで遊んで来ようと思ったんだけどね。あと一歩のところで、シャールに止められた挙句言い負かされた」
「マジ? く、あははははは! 何それ、めちゃくちゃ面白いじゃない!」
高い声で笑うアリアを見ながら、エリオスは再び地の底から吹き出すようなため息を吐き、眉間にしわを寄せる。
「笑い事じゃないよ……全く」
「それで何? アンタは言い負かされて、のこのこと帰ってきたってワケ?」
「まあね。でも、収穫はあったよ――人間、あるいは彼らが作る社会への憤怒、憎悪……それに染まりかけたエリシアにすら、ヴァイストは応えようとしていた」
エリオスの言葉に、アリアはぴくりと眉を動かし、エリオスを振り返る。そして薄く笑みを浮かべながら口を開く。
「なんだ、ただ遊びに行ってたわけじゃなかったのね」
「もちろん。私が聖剣に拒まれる理由――その可能性の一つがこれで消えた。私と同じような感情を持ちながらも、聖剣は彼女を拒まなかった。聖遺物による私への拒絶反応……やっぱり『感情』はトリガーにはなりえないのかなあ」
「エリオス……アンタ、少し焦ってる?」
「――! そう、見える?」
「少しね。ま、安心なさい。歩みは着実、戦果は良好。アンタも私も、焦ることなんて無い。そうでしょ?」
そう言って、アリアはそっと手を伸ばし、エリオスの頬に触れる。湿り気と熱を帯びた、火照ったような指が夜風に冷えたエリオスの肌を温める。エリオスはそんな彼女に苦笑を浮かべながら、目を閉じた。




