Ep.5-25
「だって、貴女は誰かの隣で、誰かのために怒って泣けるような人ですから」
シャールはそう言ってはにかんだ。その言葉にエリシアはどこかきょとんとした表情を浮かべる。そんなことでいいのか、口にはしなかったがエリシアの表情は彼女の内心をありありと映し出していた。
わずかな逡巡の後にエリシアは口を開く。
「君の言葉なら納得できると言った手前、言いづらくはあるんだけど……ボクは、そんな殊勝な人間じゃない……」
「自分のさっきまでの言動を思い返してから言ってください。あんなに怒ってあんなに泣く人が、何を言っているんですか」
「むぐ」
シャールの間髪入れない反論に、エリシアは言葉を詰まらせる。しかし、それでも首をゆるゆると振りながら、エリシアは食い下がる。
「で、でも……あれはボクが君のために怒ったかなんて……アレは単にボクが腹が立ったからで……」
「でも、エリシア様が腹を立てたのは、村の人たちが私にしたことに対してですよね。なら、その動機がどうであれ、私のために怒ってくれたと言っても間違いではないはずです」
「そう……なのかな……」
「そうなのです! 何より、あの時のエリシア様の言葉は、人の悪意という吹雪の中にあった私の心を温めてくれた。思い上がりかもしれませんけど、その一つ一つが私のことを思ってのものだったと私は確信しているのです。たとえ貴女が自分を信じられなくても、私は貴女をそう言う人間だと信じたのです」
――人間は自分自身のことこそ、一番分からない。自分自身のコトだからと、誰よりも分かっているつもりになっているからこそ、自分の価値も自分の在り方も自分で決めつけてしまうがゆえに。
かつて、ある人に贈り、そして贈り返された言葉が脳裏を過った。
エリシアは自分のことを「そんな殊勝な人間じゃない」と言った。自分の怒りを、人のための怒りと言われて、それを否定し、自分を卑下した。シャールはそんなエリシアに、かつて一人では歩けないと泣いていた女性の姿を重ねていた。
そんな心の迷宮から抜け出すには、結局のところ本人が自分自身の可能性を認めてあげるほかに道は無い。だけれども、真っ暗な迷宮でせめて足元を照らす程度の火を与えることは、きっと他人である自分にもできるはず。少なくともシャールは、そう信じていた。
傲慢かもしれない、それでもただ伝えたかった――貴女は聖剣に相応しいのだと。貴女は酷い師匠なんかじゃないと。貴女は優しくて素敵な人なのだと。
「つかみどころが無くて、情熱的で、人を巻き込んでいくような魅力的な貴女。人のために怒って、泣いて、隣にいる人の心を温めてくれる貴女だから――そんな炎のような生き様の人だから、ヴァイストはエリシア様を選んだんじゃないでしょうか」
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