Ep.5-20
「愉しくて笑える見世物をどうもありがとう。お二人さん」
エリオスは恭しく二人にお辞儀をしてみせる。口元にはにたにたとした笑みを浮かべて、明らかに嘲弄の笑みを浮かべている。そんな彼の表情に、エリシアは眉間にしわを寄せる。
「――どこから見てたの、エリオス君」
「君たちが真っ黒こげの残骸の前で泣き叫ぶところから、かな――いや、君のあんなに怒った表情を見れたのは僥倖だった! ああ、あの愚かで哀れな表情だけでこんな田舎までやってきた価値があったよ」
からからと笑いながら、エリオスはどっかりとベッドに座り込んだ。そんな彼の言葉に、エリシアはうつむきながら唇を噛み締める。
「……どんな評価でも今なら受け入れるよ。ああ、全くもって愚かだったよ。ボクは」
「ふふ、全くだ。でも、その愚かさも今の私からすれば心地いい。君たちもこの村の人々も私が思い描いた通りの劇を演じてくれた」
「――君は、ここまで予想していたのか……」
エリオスの言葉にエリシアは顔を上げる。その目は涙で潤んで揺らいでいた。そんな彼女に舐るような視線を向けながら、エリオスはほうとため息を吐く。普段から気丈で飄々としていて、エリオスやアリアですら振り回すようなエリシアの弱ったところを眺めて楽しんでいるようだった。
「ふふ、こんなに可愛らしくなるのなら、アリアも連れてくるべきだったな……おっと、それはさておき君の質問に答えようか。もちろん、私はこうなることを予想していたとも。嗚呼、尤も何が起きるのかを具体的に予想していたわけじゃあない。ただ、村人たちは怒りと不満に任せてシャールから何もかも奪い去るだろうってことだけは分かっていた」
「……そうか、じゃあやっぱり……ボクが単にお花畑な頭をしていただけってことか……はは、師匠役だなんて調子に乗ったらこのザマか……ホント、情けない」
「ふふ、確かに見通しが甘すぎたね。だが、それはある意味仕方ないことかもしれないね。だって君は、個々人の悪意には何度も触れたことはあるだろうけど、大衆の暴走する悪意には触れたことも、ましてや向けられたことも無いだろう?」
エリオスは足を組みかえながら、沈んだ表情のエリシアにほほ笑む。シャールはそんな彼の言葉に、わずかに引っ掛かるものを感じながらも、それを問うことはできなかった。エリオスは、口の端を吊り上げながら続ける。
「人間って言うのはそもそもとして愚かで救いようがない奴ばっかりだけど、群れると更に手が付けられない。みんなが同じ方向を向いていれば、それこそが正しいと勝手に納得して自らを顧みることもしなくなる。些細な疑問や欠落は、皆が同じ方向を向いていることで見ないふりをする。そうやってみんな身勝手な正義を塗り固めていくんだ。それが、醜い憎悪や憤怒、そして思考の怠惰の結晶だなんて思いいたることもなく――その分かりやすい例が、レブランクの崩壊だよ」
シャールはエリオスの言葉に思い出していた。城のテラスから地に落ちた宮廷貴族とファレロ王。王都の民の命をエリオスに売り渡そうとした彼らを、怒りに駆られた人々は嬲り殺した。この状況でそんなことをすれば、国の統治機構は瓦解して自分たちの表面的には穏やかな生活が崩れ去るなんて明白な可能性に気が付くこともなく。ただその場の激情で。
王城にいた、王侯貴族の子女への虐殺もそうだ。罪があったのは、あくまでエリオスに彼らを売り渡す判断を下した一部の貴族とファレロ王だけだったのに、嫉妬や憤怒に身を任せた結果その全員を嬲り殺してしまった。
そんな果てに訪れたのが、レブランク王国の崩壊だった。あの国は邪悪なるエリオスによって滅びたわけでも、愚かな王と貴族によって滅びたわけでもない。最後のトドメを刺したのは、王都の大衆たちだったのだ。
「私は群れた人間の愚かさを、悍ましさを、恐ろしさをよぉく知っている。だが、君はそれを知らなかった。私たちの判断を分けたのはそこだったのさ」
明日以降、新規読者様の開拓の今も含めて、数日だけ試験的に夜の投稿を、6時台にしてみようかと思っていますので、ご承知おきください




