Ep.5-19
「――村長」
「やあシャール……一年ぶりかな?」
穏やかな声で、村長と呼ばれた男は応えた。朗らかな笑みとは言えないまでも、穏やかさを感じさせる表情を浮かべた彼に、シャールは困惑の表情を浮かべる。
エリシアは剣を向けたまま警戒の視線を強める。
「何の用だい村長……悪いけど、今貴方の相手をする気分じゃないんだ。言葉には気をつけて欲しい。ボクも今気が立っているから、うっかり村を焼き払いかねない」
「エリシア、私は君たちに敵意はない。シャールにも恨みはないんだよ……むしろ、申し訳ないことをしたと思っているんだ」
村長はそう言って俯く。そんな村長の態度に、エリシアは毒気を抜かれたように剣を下ろす。
シャールもまた、何の言葉を紡ぐことすら出来ずに黙って村長を見つめていた。
そんな二人を前に、村長は僅かに表情を緩めながら手を伸ばす。
「どうだろう、二人とも。この村に君たちを受け入れる宿なんてないだろう……私の家に来ないかな。部屋を一室、提供させてもらいたい」
「——何のつもりだい? 貴方にそんなことをして、何の得があるんだ。村人たちから逆に君が敵意を集めてしまうんじゃないのかい?」
「それならそれで、仕方のないことです。でも、彼らの蛮行を止められなかった、諫められなかった私の罪は重い。償えるとは思っていないが、せめてそれくらいは背負わせて欲しいんです」
そう言って村長は目を細めた。エリシアはそんな彼の言葉に逡巡していた。
今の彼女は人の心の裡を推測することに、恐怖すら感じていたから。何を信じて良くて、何を疑い、誰が敵で誰が味方なのか、疑心暗鬼に陥っていた。
そんな彼女の代わりに、シャールはゆっくりと立ち上がり、そして村長を見つめる。
「分かりました。お願いします――」
§ § §
村長は多くを語ることなく二人を部屋に案内すると、簡単な食事を持ってきた。乾いたパンと、鹿肉をごろごろと入れたシチュー、そして葉物野菜のサラダ。豪勢とは言えないまでも、しっかりとした温かみのある夕食だった。
エリシアは料理が出されるなり、村長がいる目の前ですぐにそれに口をつけた。パンを一齧り、シチューを一掬い、サラダの葉っぱを一枚齧って見せた。そして、小さくため息を吐いて村長に軽く頭を下げた。
「不躾なことをしたね……申し訳ない」
「――毒見をしたいのなら、私にさせてもよかったのですよ?」
「別に、ボクなりのけじめみたいなものだから」
目を伏せるエリシアの顔を見て、村長は複雑そうな表情をしながらも微笑んで、部屋の扉を閉めて出ていった。二人きりの部屋、沈黙の中二人は村長が提供した料理を口にする。エリオスの館で出る料理とは比べるべくもないが、それでも今はその温かみが二人にとっては嬉しいモノだった。
食事を終えた二人は、互いにうつむきながら黙りこくっていた。エリシアは何かを言おうとしていたが、それでもシャールの顔を見た瞬間に口にしようとした言葉が解けてしまったかのように、声すら上げることができない。シャールの方も、何かを口にすればその瞬間に何とか押し込めていた感情が決壊してしまいそうで、口を開くこともできなかった。
気まずい沈黙だけがその場を支配していた。
そんな静寂を破ったのは、エリシアでもシャールでもなく、窓ガラスを叩く硬い音だった。シャールとエリシアは勢い込んで部屋に一つだけの窓に視線を向ける。
次の瞬間、黒いリボンのようなものが窓の隙間からするりと部屋の中に入り込み、かちゃかちゃと窓の鍵を外して霧散する。次の瞬間、音もなく窓が開く。
「――あはは、ずいぶんとひどい表情じゃないか」
そう言って、黒い人影がひらりと部屋の中に風のように飛び込んでくる。にやにやと笑いながら、黒い髪を靡かせて彼は部屋の中に降り立つ。
「まずは君たちお礼を言わなくてはね、愉しくて笑える見世物をどうもありがとう。お二人さん」
黒い人影――エリオスは酷く楽しそうにそう宣った。




