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Ep.5-16

その家には彼女の喜びがあった。悲しみがあった。苦しさがあった。幸せがあった。柱の傷、絨毯の染み、本棚の絵本、すっきりとした広い机。その全てに記憶が溶け込んでいた。

今はもう手の届かなくなった彼女の両親の思い出に満ちていた彼女の家。

もはやそれは黒く焦げた残骸と成り果てていた。


「ああ……うああぁ……う、うぅああ……」


シャールは地べたに手をついて、ぼろぼろと涙を溢す。目の前が涙で揺らいで何も見えなくなるにつれて、その視界の欠如を補うかのように彼女の脳裏にはかつて両親と過ごしたこの家での日々が蘇る。

そしてその次の瞬間には、もはやその残滓にすら触れることは叶わないのだと思い知らされる。


「まさか……これが……」


フリーズし絶句していたエリシアもようやく状況を理解する。何も考えることができないで、絶望に打ちひしがれるだけのシャールとは対照的に、彼女はコレを誰が引き起こしたのかを考える。

エリシアの耳に、微かな音が届く。侮蔑、嘲笑——黒い感情のさざなみ。いくつもの波が重なり合い、エリシアの耳にはそれがひどく醜く、悍ましいものとして響いた。


「自業自得だ」

「俺たちの怒りを思い知ったか!」

「裏切り者にはお似合いだ」

「俺たちから奪ったものをこれで贖えるなんて思うなよな!」

「はあ、せいせいしたわ」

「すっとしたぜ」


無思慮に、不躾に、攻撃的な視線がシャールの蹲った小さな身体にいくつもいくつも突き刺さる。エリシアはそんな様を見て、怒りと悲しみと、いくつもの刺々しい感情が混じりあい表情を歪ませる。


「わた、しは……」


シャールが言葉を発した。エリシアはそれに耳を澄ませるように、彼女の隣にしゃがみ込んで彼女の背中を摩る。


「わたし、は……こんなに、ひどいこと、を……」


途切れ途切れの言葉。エリシアは彼女が自分の身に降りかかった理不尽への嘆きと怒りを口にしようとしているのだと思った。村人たちへの憎しみ。純粋で自罰的な彼女であろうと、こんなことをされてはそれを抱くなと言う方が無理があると。

しかし、彼女が嗚咽混じりに紡いだ次の言葉に、エリシアは絶句する。


「わたしは……こんなにひどい、ことを……みなさんに、したの……でしょうか……だから、うばわれたの……でしょうか……」


「——ッ!? な、何を言ってるんだシャールちゃん! き、君は真性の馬鹿なのか!」


エリシアは驚きと、そして一周まわったシャールへの怒りで叫ぶ。

それでも、シャールの言葉は続く。ひどくか細く、それでいて自分の首を絞め、呪うような言葉。


「えり、おすは……言って、いました……奪うから、には……奪われる、のだと……う……だから、私も……皆から……奪ったから、奪われた……きっと……そう、ですよね……エリシア、さま……あは、はは……あ、あぅぅ……」


「そんなわけがない! そんなことがあってたまるか! 君は、君は今までずっと頑張ってきたんだろう!? ルカント王子の下でも、エリオスという悪役の下でも、ずっとずっと頑張ってきた! 馬鹿みたいに真面目に、真っ直ぐに! 戦い続けてきたんだろう!? それの……その頑張りへの報酬が……こんなものであっていいはずがない! こんな悪逆が、当然の報いなはずがない!」


エリシアは吠えた。泣きながら叫んだ。そうだ、こんな理不尽があってたまるか。こんな哀れな姿があってたまるか。エリシアは怒っていた。自分のために怒るということを忘れた少女の代わりに。

誰かの代わりに怒るだなんて、エリシアには初めてのことだった。それでも、怒らずにはいられなかった。叫ばずにはいられなかった。

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