Ep.5-15
「そんな……君たちは、自分が何を言っているか分かっているのか……君たちは、こんな幼い女の子に死ぬべきだったというのか……?」
「――ッ! あ、当たり前だ! シャール一人の命で、村が豊かになったのなら! こいつが死んでいれば、こんなことにならなかったのなら! そいつは、殺されておくべきだったんだ!」
「な、なんてことを……」
ぶつけられる悪意に満ちた言葉に、エリシアは絶句する。その表情は目の前の人間を、自分と同じ生き物だなんて思えない、信じたくないというような表情だった。足元がふらついているエリシアの前に進み出て、シャールは門番の二人を見つめる。
「な、なんだ……文句でもあるってのか? こ、こっちだってお前にはなァ――!」
「いえ、私から返す言葉はありません。皆さんの怒りも間違いではないと思います」
「――シャールちゃん、何を……」
「でも、それはそれとして村には入らせてもらいます。私たちも夜を明かす場所が欲しいので。さ、行きましょうエリシア様」
そう言ってシャールは半ば強引にエリシアの袖を引く。困惑と動揺、怒りと悲しみと後悔でぐちゃぐちゃな心情のエリシアの手を引いて、門番の二人を押しのけようとする。
しかし、門番の二人は彼女の目の前で槍を交差させてその行手を阻む。
「——通してください」
「断る。お前なぞ、沼地の泥の中で死んじまえ。誰が村になんていれるものかよ」
「通してください」
「第一、お前を受け入れる宿なんてこの村にはない。村に入ったところで、お前は道端で惨めに転がるしか無いんだ」
「——いいから通して」
彼女自身でさえ聞いたことのないような低い声が、シャールの唇から溢れた。その声の圧は思わず門番の男二人を怯ませる。その隙に、シャールは二人の横を通り抜け村の中へと入っていく。
「ま、待て!」
二人の槍の穂先がシャールの背中に向けて突き出される。石の槍とは言え、少女の薄い身体を貫くには十分な強度と鋭さがある。
しかし、その穂先が彼女の背中に鮮血の華を咲かせることはなかった。湿った土の上に音もなく、石の穂先が転がり落ちる。
それと同時に、門番二人が持っていた槍の柄が熱を帯び、次の瞬間発火する。
それを見ながら、エリシアは赤く輝く剣を鞘に収めて呟くように、二人を睨みつけながら吐き捨てる。
「次に彼女に槍を向けて見ろ。その時地面に落ちるのは君たちの首だからな——忘れずにね」
そう言うと、エリシアはシャールの背中を追って駆けていく。門番二人は、その様に目を奪われたままその場にへたり込んだ。
「シャールちゃん、シャールちゃん!」
後を追いかけながら、エリシアは叫ぶ。そんな彼女を振り返るでもなく、シャールは村の道を歩いていく。夜とはいえ、まだ表には人が出歩いていて、皆一様にシャールを見た瞬間に、表情を歪め、つぶやくように憎悪を口にする。そんな彼らの姿を見るにつけて、シャールは門番たちの言っていたことが、彼らの偏った主観によるものではない、厳然たる事実なのだと思い知らされる。
それでも、シャールは歩くのを止めない。もはや半分意地だった。追いついたエリシアはおずおずとシャールに問いかける。
「——どこに、向かってるんだい……?」
「宿は……多分ダメでしょうから。私の家に。この先にあるんです。エリアスの館と比べると貧相すぎるかもしれませんが、夜風くらいは凌げますから」
自嘲的に笑いながらシャールはエリシアを振り返ってどこか気丈にそう言った。エリシアはそんな彼女を見つめながら、泣きそうな顔で表情を歪める。
嗚呼、なんて頑ななのだろう。なんて意地っ張りで、強くあろうとするのだろう。その姿は、その心根は硬くて美しい。まるで金剛石のようではないか——だけど、よく言うじゃないか。金剛石は硬い、だがそれゆえに脆いのだと。
「もうすぐです。もうすぐ私の家が——」
そう言って視線を戻した瞬間、シャールの言葉が途切れる。脚が止まる、視点が定まらず、全身が震えだす。
「あ……え……なんで……?」
彼女の尋常でない動揺の仕方に、エリシアも彼女の視線の先を見て、そして絶句する。
二人の目の前にあったのはかつて家であったであろう黒いモノ。焼け爛れ、灰と炭と化し、泥に塗れた残骸たち。
「あ……ああ……ああああああぁ!」
シャールはその場に崩れ落ちる。うずくまり、そして叫ぶ。声にならない絶望の嘆きを。




