Ep.5-8
「エリシア様は……どうしてディーテ村を修行の場所として……?」
シャールは表情を曇らせながら、エリシアを上目遣いに見つめて問いかける。そんな彼女に、エリシアは若干申し訳なさそうな表情を浮かべながら応える。
「大した理由ではないよ。実戦的な訓練をしたいという考えが最初にあって、この近辺でゆかりのある土地で、と思ったときに偶然君の故郷の話を思い出したのさ」
そういえば、確かに故郷の話はしたことがあったなと、シャールは思い出した。修行中に剣を打ち合いながら、その後風呂で汗を流しながら、シャールはエリシアと様々な話をしていた。ルカントたちと出会ってからの旅の話、エリオスの館に居付いてからの話、そして、故郷で過ごした穏やかな日々の話。そんな中で、故郷の村の名前を出した事もあったのだろう。
エリシアはさらに話を続ける。
「聞けばシャールちゃん、ルカント王子の旅に連れ出されてから君、一度も里帰りをしてないらしいじゃないか」
「え、ええまあ……色々ありましたし……それに、私には帰りを待つような家族もいないので……」
一人っ子だったシャールには兄弟姉妹もおらず、両親はシャールがルカントに村から連れ出される1年ほど前に事故で亡くなっている。ルカントたちが存命のうちは、わざわざ彼らの旅路を中断させてまで村に戻る理由も無かったし、彼らが死んでからこっちエリオスの館で気を張った日々を過ごしていたから、里帰りなどという発想が頭を掠める事も無かった。
「でも、村の人は良くしてくれていたんだろう? 天涯孤独になっていた君を」
「それは……まあ、そうですけれど」
「なら、たまには帰って無事を知らせてあげるのも、恩返しのうちなんじゃないのかな」
エリシアによる追い討ちの言葉に、シャールは「むう」と言葉を詰まらせ唸る。帰りたくないというわけではない。だが、今の自分は一体どの面を下げて帰れば良いのかという不安があるのだ。勇者の一行として自分を連れ出したルカントはもはや死に、今自分はその敵の館にいる。一体今の自分の状況をどう説明すればいいのだろうか。そんな自分の立ち位置の据わりの悪さが、彼女が決断するのを鈍らせていた。
そんな彼女にさらなる追撃をエリシアはかける。
「それにね、さっきも言ったけどレブランクは今とても治安が悪い。それはディーテ村だって例外じゃあない。今あの村は山賊まがいの連中による略奪や誘拐に悩まされているらしくてね。それでも騎士や兵士たちに頼むことはもうできないから、仕方なく自分たちで村を守っているらしい」
「なんで、そんなことまで……?」
「ああ、それは昨日の夜ボクがこっそり下見に行っていたからさ」
「は?」
その言葉に、エリオスもシャールも驚きの表情を浮かべる。ここからディーテ村までは馬車で半日弱かかるというのに、彼女は一晩でそこを往復してみせたのか。確かに早馬に乗って行けば、不可能ではないだろうが、それにしてもどんな体力をしていれば、そんな大遠征の直後にシャールとの修行に臨めるのやら。二人とも頭の上に疑問符を浮かべる。
そんな二人にエリシアは「ま、昔とったなんとやらさ」と言って、はぐらかしてから話を続ける。
「と、まあそう言うわけで今ディーテ村は割とピンチだ。聖剣を手にした君がそれを救うために一時だけ戻ってきたというのなら、名分も立つんじゃない?」
「それは……そう、ですね」
シャールが悩みながらもそう応えると、エリシアはきらきらと表情を輝かせながら、微笑む。
「じゃあ決まりだ! 三人とも、しっかり準備をしてくれたまえよ? 出発は今夜、それまでみんな身体をしっかり休めてね?」
そう叫ぶとエリシアはバタバタと部屋を出て行った。そんな彼女の後ろ姿をエリオスたちは呆然と見送った。
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