Ep.5-7
「ディーテ村、そこは私の故郷――ルカント様に勇者一行として連れ出されるまで私の世界の全てだった村です」
そう告げたシャールの言葉にエリオスとアリアは一瞬言葉を失った。代わりに、彼女の言葉をエリシアが引き継ぐ。
「と、まあそういうわけさ。ある意味でこれは、彼女にとっての里帰り的なモノでもあるわけさ」
「——里帰り? 実戦的な訓練というお題目はもうかなぐり捨てたのかい?」
エリオスが眉間に皺を寄せながらそう質す。しかしエリシアはゆるゆると首を横に振りながらそれに応答する。
「いやいや、里帰りと実戦的な訓練は矛盾しないよ。少なくとも今のレブランクではね」
「——どういうことですか?」
そう問うたのはシャールだった。エリシアの言葉に剣呑な雰囲気を感じた彼女は、表情を曇らせながら問いかける。その顔には焦燥にも似た色が浮かんでいた。
エリシアは薄笑いを消して、少し真剣な顔で応える。
「——単純なことさ。今のレブランクはもはや国家として機能していない。王家も中央の貴族たちも滅び、残った権力者は地方の貴族たちくらいのもの。紛争自体はレイチェルちゃんたちが鎮圧したけど、地方貴族たちは互いに互いを牽制し合っている状態が続いているからね。実質的に権力の空白地帯がかなりある」
「権力の、空白地帯……?」
「誰の統治権や支配権も及ばないエリアってコトさ。字面だけ捉えれば、それはそんなに悪いことと思えないかもだけどね」
シャールは小さくこくりと頷いた。誰にも支配されない、統治されないというのは、それは「自由」と言い換えられるのではないのか。税の支払いも、人足を出す必要もないというのなら、それは好ましいことではないのかと思ってしまう。でも、エリシアの口振りから、それは違うのだと何となくシャールは察していた。
「まあ、この辺りの事情について、シャールちゃんは考える機会も学ぶことも無かっただろうから、そう思ってしまうのは仕方ないんだけどね——そう、権力の空白地帯においては、誰もが『自由』だ。村人も、商人も、兵士も——そして、犯罪者も」
「——ッ!?」
「だってそうだろう? 権力が無いというのは、犯罪を取り締まる憲兵を動かす力も、犯罪から人々を守る騎士たちの力も、犯罪者を捕らえて裁く刑罰権も無いということだ。誰もが自由——その果てにあるのは、他者の自由や権利を踏み躙ってでも、自分の意思を貫徹させる自由を皆が持ち、それが是とされる弱肉強食の世界。獣の論理だ」
エリシアは訥々と残酷に告げる。シャールは彼女の言葉に、今の故郷の有様を思い描いた。穏やかだったディーテ村の日々が、焼け爛れていく様が脳裏に浮かぶ。そんな彼女にエリシアは続ける。
「言ってしまえば、今のレブランクはめちゃくちゃ治安が悪い。盗賊、人攫い、傭兵崩れ、その他諸々の悪人が跋扈している——どうだい、実戦訓練にはおあつらえ向きだろう?」
そう言ってエリシアは皮肉っぽく笑った。




