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大罪踏破のピカレスク~人間に絶望したので、女神から授かった能力で誰よりも悪役らしく生きていきます  作者: 鎖比羅千里
Episode.2 Reminiscence——The day when the villain was born.
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Ep.2-1

第二章始まります

これは少し昔の話———



§ § §



分厚い雲に月も星も覆われた夜の闇に包まれた森。その闇を切り裂き這い進む蛇のように、松明の灯が幾つも、列を成して森を駆ける。煌々と燃えて、大口を開けるその蛇から逃げる野鼠のように走るのは一人の少年。荒れた息で、土に埋もれた鋭い小枝が粗末な靴を突き破って足の裏の皮膚を引き裂くのも構わずに走り続ける


肺が焼ける。足が千切れそうだ。でも止まることはできない。

振り返らずとも分かる―――この背中に向けて投げかけられる怒号、罵詈雑言。怨嗟、憎悪を帯びたソレが鼓膜を振るわせる度に心臓を鷲掴みされ、牙を突き立てられているような―――そんな感覚に焦燥感が募る。

―――怖い、怖い、怖い。なんで? どうして? 何も悪いことなんてしていないのに、どうして自分がこんな目に遭うんだ。


大粒の涙が溢れて、頬を濡らす。しかし少年にはそれを拭う猶予すら与えられてはいない。駆け抜ける獣道は進むほどにどんどんと、人の侵入を拒むようになっていく。大地でのたうつ木々の根、尖った大きな石、脚を取られそうなほどにぬかるんだ泥―――一歩間違えれば走ることはおろかその場から動くことすらもできなくなりそうな道。もしそうなってしまったら―――


不意に脳裏に浮かぶのは血走った眼をしたかつての隣人たちが自分を睨みつける視線、振り上げられた拳、嘲笑、暴力、侮蔑、暴言。それらこれまで浴びせられたものを思い出した瞬間に、少年は右手で口元を抑える。喉の裏を摺り上げるように込み上げてくる不快な流体を何とか押さえつけ、口の中の嫌な酸味に思わず表情を歪めながらもなんとか走り続ける。


追い付かれてはいけない、捕まってはいけない。ただその一念で、少年は走り続けた。


「―――ぁ」


少年は思わず立ち止まる。これまで辿ってきた獣道が目の前で二つに分かれていたからだ。右手側には荊絡む木々に囲まれた狭い道、左手側には石がごろごろと転がった道。


―――どうする? どちらに行く? 


ここまでの森はある意味で少年の庭のようなものだった。幼いころからずっと遊び場としていた、勝手知ったる庭。ゆえに何とかここまで逃げてこられた。しかしここから先は違う。少年にとっても未知の領域。何処へつながっているのか、あるいは何処にもつながっていないのか。それすらも分からない。

もし選んだ先が行き止まりだったら? そんな不安に決断をためらう。しかし迷えば迷うほどに追っ手は迫る。一刻の猶予もない。


『―――こっち』


不意に一陣の強い風が吹く。森の木々がざわめき、後方の松明の群れも大きく揺れる。そんな風の音の向こう、荊の茂る道の先から誰かが呼ぶ声が聞こえた気がした。

―――神様? 妖精? 悪魔? それともただの幻聴? いや、もはやなんだっていい。今はその声に従おう。

少年はおもむろに靴の片方を脱ぐと、それを石だらけの道の方へと放り投げる。分岐点からギリギリ見えるくらいの暗がりに靴が落ちたのを見届けると、少年は反対の道へと駆け出す。


―――あれで少しは時間を稼げれば


そんな淡い期待を寄せながら少年は駆け出した。

幸い追っ手の声も松明の光もかなり遠くなっている。策は存外上手くいったらしい。靴を犠牲にしたので足はもはや血まみれだが、背に腹は代えられない。激痛にかられる足を何とか鞭打って必死で動かしながら、少年はさらに森の奥へと駆けていく。

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