Ep.5-4
「……レブランクに行きたい?」
食卓でクリームチーズをたっぷりと塗ったバゲットを齧りながら、エリオスはエリシアの言葉を復唱する。濃厚なクリームチーズと小麦の香りが口内に広がっているにも関わらず、その表情は苦虫を噛み潰したように渋い。
「あの国に何しに行くんだい? 買い物ならベルカ公国の方がよっぽど充実してると思うけど? だってもうあの国は死に体だし」
眉間に皺を寄せたまま薄ら笑いを浮かべながら、エリオスは舐るような視線を投げる。しかし、そんな彼の言葉も瞳も、彼女の前では上滑りするように何の傷も与えられなかった。
「なあに、今回行くのは王都マルボルジェじゃない。もっと辺境さ」
「——そんなところに何をしに行くんだい? それも、シャールを連れて」
「だから言ったろう? 訓練だよ、訓練。シャールちゃんは毎朝ボクと鍛錬を重ねてそれなりに強くなった。だからそろそろ、実戦にも慣れてもらいたくてね。模擬戦だけ上手くなっても、戦士としては使い物になるとは限らないからね」
そう言ってエリシアは目を細めてエリオスを見つめる。そんな彼女の言葉にエリオスは小さく笑い声を漏らす。
「——魔王との戦いのために、かい? はは、君たちはともかくとして、シャールに出る幕なんてないと思うけどね。だって、私がいるんだから」
「君の権能は、権能を励起させた聖剣に直撃すると雲散霧消するらしいじゃん? なら、聖剣を持つ魔王相手には君の力を過信しすぎるわけにもいかないだろう?」
飛び交う言葉の応酬。二人とも笑顔だけれど、その場の空気は決闘場よりも剣呑だった。数瞬間の沈黙、先に折れたのはエリオスの方だった。
「ふん、まあいいさ。君も私を監視すると言う役目があるし、シャールも私に『用事』がある。なら、二人で逃げ出すなんてこともないだろう。行っておいでよ」
肩を竦めながらも、その表情は薄笑いを浮かべたまま。結局のところ、最終的には認めるつもりだったのだろう。それでも、すんなり認めるのはつまらないからと、エリシアとシャールを揶揄うつもりで、言葉遊びを始めただけ。別に議論をするつもりなど微塵もなかったのだろう。
彼はそう言うと、すぐに食事に戻る。ジャガイモのポタージュを口にするべくスプーンを手に取る。しかし、エリシアがそれを許さなかった。
「え、何言ってんのエリオス君」
「——はい?」
「行くのは君も、だよ?」
「……なんて?」
その手から銀色のスプーンが落ちるように、エリオスの貌からも表情の色がすとんと抜け落ちる。完全に素の表情を晒しながら、エリオスは言葉を失っていた。
「だからぁ、君もボクたちの修行旅行に付き合ってって言ってるのさ。あ、何だったらアリアちゃんもどう? ボクが見繕った修行先、辺境の村だけど温泉があるんだ。今朝のお詫びってことで一つ」
エリシアの「温泉」と言う言葉にどこか引っかかるものを感じながらも、シャールは視線をアリアに向ける。アリアの顔は、エリシアの提案に僅かに紅潮していた。
「——ご主人様……?」
「え、あ、いや! お、温泉に興味を惹かれたわけじゃないのよ? で、でもそうね……うん、シャールの修行にちょっとくらい付き合うのも良いんじゃないかしら? ほら、彼女の所有者としての度量的なね! ええ、だからホントに温泉云々じゃなくてね」
「君は……あれだけの風呂を整備してあげても、まだ足りないわけ……?」
もはや陥落気味なアリアのきらきらとした表情を見て、エリオスは口元を手で押さえてげっそりとした表情を見せる。そんな彼を楽しそうに見ながら、エリシアは笑う。
「それじゃあエリオス君、もろもろよろしくぅ」
「君、ホントいい性格してるね!?」
エリオスの叫びが食堂室に響いた。




