Intld.Ⅲ-xxii
「ふふ、察しが良くて助かります」
そう言いながらユーラリアは紅茶を一啜り。その香りを鼻腔にたっぷりと溜めて楽しみながら、彼女は幸せそうな顔をしてみせた。
その間もレイチェルはユーラリアを見つめて唇を震わせていた。
「ザロアスタ卿は『狂信者』などと言われはしていますが、戦士としての実力や学者としての実績の観点からすれば教義聖典官においても相当の実力者です。本人にその気はないけれど、他者に与える影響力も大きい」
「ええ。しかもそれでいて、彼はひどく純粋で、そして誠実です——だから、きっと私の話になら耳を傾けてくれるし、組織における立場にも縛られない。頭のネジこそ2、3本、いや4、5本ほど抜けていたり緩んでいたりしていますけどね」
苦笑しながらユーラリアはそう言った。
確かにザロアスタは純粋で真っ直ぐだ。彼を縛り、その方向性を決定づけられるのは「神」とその教えのみ。それ以外の組織の柵だとか、人の諍いだとかは興味が無いのが彼と言う男だ。
「ザロアスタ卿は……私たちに協力してくれるでしょうか。彼は人の生み出したものについてはあまり興味が無いように思われますが」
「だからこそ、今回彼に教会という組織の歪みと、それが神の代理人たる私の意思を歪めたという実例をお話ししたのです。一度それを彼の脳裏に刻めたのなら、あとは彼が勝手に調べて、勝手に考えを深めてくれますよ」
そう言ってユーラリアはくすくすと悪戯っぽく笑った。そして、ユーラリアはさらに続ける。
「彼は良い人ですからね。今日この日、私が彼の心に蒔いた種を、きっと彼は大事に育ててくれるでしょう。統制局長に告げ口をするような乱暴な処分の仕方なんてしない。少なくとも私はそう確信しています。まあ、どこまで行っても賭けではあるのですが」
「——そう、だったのですね」
レイチェルはここに至ってようやくユーラリアの意図を理解した。確かに教義聖典官と祭儀神託官の二つの組織の橋渡しの役として、誰よりも信心深い彼ならば適役なのだろう。
しかし、ザロアスタが力を貸したところでどうにかなるものなのだろうか。最高巫司と異端審問局訴追騎士団長、確かに大物2人ではあるが、数百年の歴史が堆積した今の聖教会を解体し、根本から変えるにはまだ弱い。
反対する人間はきっと議論にすら応じないだろう。「それが伝統だから」「先人たちの叡智の結晶だから」。今生まれている理不尽たちを、そう言って擁護するのだろう。
必要なのは、反対する人間を無理矢理にでも議論のテーブルにつかせること。そのために——
「そのために、猊下は歴代に類を見ない、最高巫司を主体とした魔王討伐軍の編成に着手されたのですか」
「ふふ、大正解」
そう言ってユーラリアは笑った。その顔はひどく嬉しそうだった。
「魔王討伐、本来であれば異端である魔王を処分するのは教義聖典官の仕事です。ですが、彼らは教会の実利のために未だに彼らを野放しにしている。『様子見』と称してね——ある意味の職務放棄、でもこれは私たちにとって好機でもある。本来の役割を超えて、私たちが魔王を倒したという実績があれば、出し抜かれた教義聖典官の重役たちも議論のテーブルにつかざるを得なくなるでしょう」
「——ですが、身内の……祭儀神託官の中にいる反対派はどうされるおつもりですか? 彼らは、きっとその実績によりさらに教義聖典官たちを見下し始めるのでは? 溝は更に深いものになる」
「ええ、そうでしょうね。でもそれは、私が彼らを黙らせられれば済む話です。私の言葉であれば、否が応でも反対できない状況に追い込む。そのために、祭儀神託官にだけではなく、私自身にも『実績』が必要になる。この意味、分かりますか?」
悪戯っぽく小首を傾げながら笑うユーラリア。その瞬間、レイチェルは全身からさっと血の気が引くのを感じた。
「まさか——」
「前にも言ったでしょうレイチェル。私は私の権限において動員可能な聖剣全てを魔王討伐に投じるつもりだと。貴女のシャスール、エリシアのヴァイスト、シャール・ホーソーンのアメルタート。そして、私の持つ聖剣マナフ——ええ、私自身も魔王討伐の前線へと赴きます」
「何を、馬鹿な……」
「命懸けにはなるけれど、それは元よりこの聖教会でこんな野心を持って生きる以上覚悟はしています。その上で、私は聖教会を変えるために身内も含めて、多くの人間を自分に従わせ、黙らせるような実績が欲しい」
真っ直ぐな瞳、熱い太陽の光のような眩しい視線。レイチェルはそれに当てられたように、目の前がくらくらしていくのを感じる。
「御意志は、揺るがないのですね?」
辛うじて絞り出した短い言葉。ユーラリアはそれに強く頷いた。
「ふ、はは……本当に貴女はとんでもない人だ。魔王も、悪人も……何もかもを手駒にして自分の願いを叶えようとする。強欲で、悪辣です」
「む、はっきり言いますね。まあ、否定はしませんけど」
ユーラリアは子供っぽく頬を膨らませる。そんな彼女の目の前にレイチェルは跪いた。
「貴女にその覚悟がおありなら、私はどこまでも貴女にお供し、貴女を護りましょう。共に、魔王を倒しましょう。共に貴女の願いを叶えましょう」
心からの言葉をレイチェルは紡ぎ上げる。ユーラリアはそんな彼女の姿を嬉しそうに見つめながら、笑った。
「ええ、一緒に——レイチェル、私の騎士様」
とんでもない時間の投稿になりましたが、これにてInterlude.Ⅲは終わりになります。ユーラリアと聖騎士2人の対話を中心として、動きの少ないパートではありましたが、お付き合いいただきありがとうございました。
次回より、本編再開です。




