Intld.Ⅲ-xx
ザロアスタが立ち去った後の庭園の東家。その下でユーラリアとレイチェルは改めて卓を囲み、紅茶を楽しんでいた。
結局、ザロアスタは最後に投げた問いへのユーラリアの答えに納得したのかよくわからないまま、意味深な笑みを浮かべながら「仕事に戻る」と言って庭園から出て行ってしまった。
結局、彼はあの問いで何を知りたかったのか。あの答えで満足したのか。わからないまま、対話は終わった。
「猊下、良かったのですか?」
気がつくとレイチェルはユーラリアに問いかけを投げていた。口にしたのは、よくよく考えてみれば笑ってしまうような、漠然とした問いだった。それでも、長く一緒にいるからか、なんとはなしにユーラリアもレイチェルの意図を察したらしい。
「ザロアスタ卿をあのまま行かせたことなら——ええ、大丈夫ですよ」
「それは、どうして?」
「私の答えに納得してくれたかは分かりませんし、肯定してくれるかも分かりません。でも、きっと満足はしてくれたのだと思いますよ——だって、彼はああ見えても神学者ですからね。矛盾があるとすれば追求してくるし、不足があるのなら問い質してくる。それに、最高巫司と神の意思について問答を交わせる機会なんてそうはありませんからね。満足いかないのに、途中で切り上げたりなんてしませんよ、彼は」
そう言ってユーラリアはくすくすと静かに笑ってみせる。麗しい花の周りを美しい蝶が羽ばたく様のようだった。それでも、レイチェルはさらに問いを重ねる。
「ですが、万全を期すのならあの時のように記憶の操作を行うべきだったのでは?」
レイチェルは、かつてエリシアが神殿に忍び込んだ夜のことを思い出していた。侵入事件の第一発見者となったザロアスタ卿と彼の部下の騎士たちは、ユーラリアの手によって記憶を隠蔽された。
レイチェルはあれを記憶の操作だと言ったが、正確には魔力を乗せた暗示に近い。特定の記憶に重石をつけて、記録の深海に向けて沈ませて浮かび上がってこないようにしたに過ぎず、彼らの中から記憶が消え去ったわけではない。
とはいえその効果は絶大で、基本的にその術を施された者が、生涯のうちに一度沈められた記憶を思い出すことはない。もしレイチェルの言うように、ザロアスタの記憶を処理しておけば、恐らくこの場での会話は半永久的に統制局長へと漏れることはない。
それでも——
「良いのです。むしろ、彼にはここでの会話を。交わされた言葉を、提示された推測を、覚えていて欲しいのです」
「……どうして?」
「——私はこの聖教会という組織が嫌いです」
不意に放たれた言葉に、レイチェルは心臓を掴まれたような、そんな不健康なほどの驚愕に震えた。伏し目がちにそう宣ったユーラリアを見つめながら、レイチェルはその先の言葉を待つ。
「嗚呼、言っちゃった。言ってしまったわ。でも良いわよね。だって、貴女にですもの」
「それは、まあ良いのですが。それが一体どのような意味を……」
「まあ、聞いてくださいな。私は聖教会が嫌い、聖教国が嫌い。でも、神様の声も、彼の教えも嫌いではないのです。嫌いなのは、神様じゃなくて人が作り上げた、積み上げてきたものなのです。いがみあい、足を引っ張り合う教義聖典官と祭儀神託官。皆がこれを当然と思い、是としている。ええ、始まりにあった理念は理解しています。でもやはり、私は今の状態は狂っていると思うのです」
彼女の目の中には冷たい炎が宿っているように見えた。そんな炎の幽かな熱は、彼女の言葉の端端から感じられた。そして彼女はその熱に背を押されながら、口にする。自分の野心、自分の願いを。
「だから私は聖教会を作り替える。より健全な組織として。そのために、私は今の聖教会を私のこの手で解体しようと考えているのです」




