Intld.Ⅲ-xix
「私の命令に、意思に反した貴女に、私が誅罰を与えましょう」
ユーラリアはそう言うと聖剣を片手にしたままゆらりと立ち上がる。冷厳な瞳、神威を帯びた光。その前に、レイチェルは怯えることもなく首を垂れる。
諦めだとか、贖罪だとか、そんなことを考えていたわけではなくて。ただ、ユーラリアの瞳の冷たい美しさの前に、こうするのが正しいのだと感じた通りに動いたに過ぎない。
冷たい石の床を、ヒールで踏み鳴らす音が近づいてくる。その音に耳を澄ませるようにレイチェルは目を閉じた。
「それでは、貴女に罰を下しましょう」
心臓が縮むような緊張感が彼女の言葉と共にレイチェルの総身を走る。それでも、レイチェルは目を強く瞑ったまま首を垂れていた。
真っ暗で永劫にも似た一瞬。全ての感覚が閉じられたような一瞬の後にレイチェルは痛みを感じる。
でも、それはレイチェルが想像していたような鋭い痛みではなくて。
「あはは、ひどい顔」
「ふぇ、ふぇいふぁ……?」
レイチェルは思わず目を開き顔を上げる。そこには、年相応の少女のように笑っているユーラリアの顔があった。そしてそれと同時に今自分が感じている痛みが、彼女が自分の両頬を引っ張り抓っていることによるものなのだと理解した。
レイチェルの顔が困惑に歪む中、ユーラリアは彼女の頬を引っ張るのをやめない。
「もぅ、この口があんな捻くれたことを言うのですかー? 全く、これは処断ものですねぇ。ほらほら、痛いですかー?」
「ふぇ、ふぇいふぁ! おふぁふぁふえは——」
「ふふ、戯れだなんてひどいですねぇ。まあ、その通りなのですが」
そう言ってユーラリアは手を離した。その瞬間、彼女を縛り上げていた白い鎖は空に解けていく。レイチェルは赤くなった頬をさすりながら、目を白黒させて自分の主人を見つめる。
床にへたり込んで自身をを楽しそうに見下ろしながら笑った。
「別に貴女の行動は咎めません。きっと貴女は私のためを思ってくれたのでしょうしね。それに、私言ったでしょう? エリオス・カルヴェリウスの罪は清算されるべきであり、必要ならば私が裁くと」
ユーラリアの言葉にレイチェルはこくんと頷いた。それを満足げに見届けると、ユーラリアは改めて最初に問いを投げたザロアスタに向き直る。
「さて、卿の質問に答えましょう。貴方は問いましたね、エリオス・カルヴェリウスという悪を引き込むことを、私は如何に考えているのか——それは、もっと言えば、如何に正当化するのかということでしょう?」
「然り。猊下は二度に渡りエリオス・カルヴェリウスを裁くべき悪であると認めた。そう認めていながら、我ら正義の軍に彼を迎え入れるのは何故か。統制局長閣下ならば、その力のみを見て『国のためだから』と嘯くやもしれぬ。では、貴女はどうなのか、猊下。神の代理人たる貴方は、どのようにしてこの矛盾を正当化する?」
改めて投げられたザロアスタの問いかけ。それにユーラリアは悪戯っぽく笑って答える。
「知れたこと。我らが組織するのは神の軍。全知全能にして世界の全てに等しき主神の手足となるもの。エリオス・カルヴェリウス——たしかに彼は度し難い悪です、人の世を秩序を乱す脅威です。ですが、それがなんだと言うのでしょう? だってそうでしょう。彼の悪性さえも我らが神からすれば、手のひらの上の些事に過ぎない」
そう言ってユーラリアは目を細める。自身の言葉に絶句する二人に、少し寂しげな苦笑を浮かべて彼女は続ける。
「私は神の代理人——最高巫司。私の旗の下に組織される軍は正義の軍ではなく、神の軍です。神が自身の掌の上にある我らを使い、自分に害をなそうと謳う同じ掌の上の者を処分する——正義も悪もない。これはただそれだけの戦いなのです」
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かなり書く気が盛り上がってきますので!




