Ep.1-23
「私は——」
エリオスは苦虫を嚙み潰したような顔でシャールを見下ろしながら、深いため息を吐く。いくらか逡巡したのちに、諦めたような顔でエリオスは口を開く。
「私は少なくとも人類そのものを害するつもりはない。人類の敵としてあるつもりもない」
「でも——」
「君のツレを殺した件については話が別だ。彼らは私を討伐しようとした——私の自由を、命を奪おうとした。他人から何かを奪うのならば自身も奪われる覚悟をするべき。因果応報、弱肉強食——敷衍された世の理。私はそれに従うのみだ、私なりのやり方でね。それとも君は自分たちには他者の命を奪う絶対的な大義があるとでも? 私はただ殺されていればよかったのだとでも?」
シャールの反論を切って捨てるように言い放つエリオス。シャールは言い返す言葉が見つからずに黙りこくる。確かに彼の言葉は正しい、結果として彼は自分の館に忍び込んだ外敵を誅殺しただけだ。それは、先に死体となった公国の兵士たちも同じことなのだろう。シャールは心臓に融けた鉛を流し込まれたような気分になる。
そんなシャールを見遣りながら、エリオスは続ける。
「少なくとも、私は君たちの旅路——魔王を倒し世界を救うなどという児戯の道筋に立ちふさがるような者ではなかった。彼らが死に、大願が路傍で砕け散ったのは偏に君たちの傲岸さゆえに他ならない」
「——ッ」
死者へ愚弄、冒涜。彼の冷めた口調から織り成される言葉は、身の内で溶岩が煮えたぎるような感覚をシャールに与える。しかし、その言葉の芯には、貫くように正論が通っている。返す言葉が見つからない。死んでいった人たちを散々に罵倒されているというのに、自分には彼らを擁護する言葉すら紡げない。その無力感が、シャールの身を焦がす。
涙が目の奥からあふれ出す、うつむくと堰を切ったようにぼろぼろと零れてしまいそうで、シャールはうるんだ瞳でエリオスを睨みつける。そんな彼女の有様に、エリオスはピクリと眉を動かしてため息を吐いた。
「まあ、なんというか——これが君への質問の答えだ。私は魔王とは関係ないし、人類を敵に回すなんて大それたことはしない。せいぜいが降りかかる火の粉を払い、火元を踏み消す程度。これで満足か?」
「——その、言葉に‥‥‥偽りはない、ですか」
「ない」
涙を押し込めようとしながら、途切れ途切れの言葉で問いかけたシャールにエリオスは短く明朗に返す。その言葉にはきっと偽りはないのだろう、シャールは自分の身の内でのたうち回る無力感と屈辱を何とか制御して、その場にひざまずく。
「分かり、ました‥‥‥私は、あなたの、所有物に‥‥‥なり、ます」
地面に涙が零れ落ちて黒いしみとなる。それを見つめながらシャールは降伏の言葉を紡ぐ。
エリオスはそれを聞き届けると、ほうと吐息を漏らす。それが、貴重な検体を損なわずに済んだ安堵のため息か、あるいは無様に命乞いする小娘の姿を玩弄するものか——頭を下げたシャールには判断できないことだった。
かつかつと高い音を立てながら、跳ね橋を渡ってエリオスが近づいてくる。
「ずいぶんと手間取らせてくれたね。だが、これで——」
「でも——」
シャールは顔を上げる。その視線は今までにないほど鋭利で、まともに目を合わせたエリオスは一歩後ずさる。そんなエリオスを真っすぐ見据えて、シャールは告げる。
「あなたは‥‥‥この瞬間、私から大切なものを、奪いました——奪うからには、奪われる覚悟をするべき。まさにその通りです。だからあなたも、その時が来るのを覚悟していてください。エリオス・カルヴェリウス」
シャールは聖剣を強く握りしめる、血がにじむほどに。
射抜くようなその視線に、エリオスは少し驚いたような表情を浮かべてから、口の端を吊り上げる。
「ハ——いいね。覚悟しておこう」
そう言ってエリオスは踵を返した。
シャールは立ち上がり、その背を追いかける。どんな苦痛や屈辱が待とうと構わない。必ずいつか、この「悪役」に一矢報いてみせる。自分の使命を果たし、存在意義を全うするために。シャールは唇を噛みながら、涙を頬に伝わせて強く心に誓った。
これにてEpisode1は終了です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
以下ちょっとした予告です。
先日、「エリオスの過去が気になる」というご感想をいただきました。それにお応えして——と、言うわけではないですが次回からは少し早いですがエリオスの過去編? 回顧譚? のようなEpisode2を開始します。
せっかく決意をしてくれたシャールちゃんですが、少しの間出番はお預けになります。
そんなわけで、自称「悪役」のエリオスの少し昔の物語、引き続きお付き合いいただければ幸いです。
拙作がお気に召された方は、評価・感想等いただけると大いに励みになります。




