Intld.Ⅲ-xvii
「そう。それで? 貴方はどうなさるのです? 私を異端であると統制局長に告げ口なさいますか?」
そう口にしたユーラリアと、ザロアスタの視線がぶつかり合うことで生まれた剣呑な静寂。それを破ったのはザロアスタの方だった。
「ふ、はははははは!」
響き渡るザロアスタの哄笑に、レイチェルは呆気に取られる。庭園を震わせるほどの大音声に顔を顰めながら、ユーラリアは目を細める。
「——その笑い声はどういう意味合いか伺っても?」
「は。猊下はとうにお分かりであろうに、人が悪い」
そう言って腕を組むとザロアスタはにやりと笑ってみせる。
「告げ口などするわけがない。少なくとも、我輩もレイチェル卿も猊下の奸計によりこの命を救われた身だ。不快な言であろうと、それが今己が身と命を形作る計略の一環ならば、不承不承ながら承認するしかあるまい」
「そんなあっさりと……良いのですか? 貴方は教義聖典官の構成員で、しかも異端審問局の所属でしょう?」
レイチェルは困惑した表情でザロアスタを見つめる。彼女からすれば、ザロアスタの言葉は渡に船。統制局長にこのことが伝わらないのはありがたい。
だが一方で、ここまですんなりとことが運ぶと何か嘘や計略の存在を疑ってしまうのが人情というものだ。
何より、もしユーラリアが異端として告発されるようなことがあれば、それは彼女自身の命、そして今後の祭儀神託官の地位を大きく揺るがすことになる。
それ故に、レイチェルは素直にザロアスタの言葉を信じることはできなかった。
しかし——
「は——勉強不足だな、レイチェル卿よ」
「え……は?」
「そうね、大変勉強不足です。今度ザロアスタ卿にみっちり色々教えてもらいなさい」
「えぇ!?」
両サイドからの思わぬ方向性の口撃にレイチェルは困惑して、座ったままで右往左往する。そんな彼女を見ながらザロアスタは口を開く。
「そも異端とは何か。我ら異端審問局が訴追し裁く異端とは、あくまで我らが神の教えに反し、或いは神を貶め叛逆するような行いや思考のことを指す。その内容は綿密に書陵局によってその原典が調べ上げられ、聖典編纂局によって言語化される。その結果編み上げられたアヴェストの聖典に綴られるものこそが教義であり、神の教えそのものとなる。異端とはこれに反するものを指すのだ」
「は、はぁ……」
まるで講義でもしているかのように滔々と語りだすザロアスタにレイチェルは辟易とした表情を浮かべる。そんな彼女に構うこともなく、ザロアスタは続ける。
「では、連名勅令は聖典に載っているか? ——否。神の教えの一部か? ——否。これらは全て教会という組織、聖教国という国家を運営するための教会法に規定されたもの。どこまで行っても所詮は人の作った理だ。それに違背することがあったとしても、それは異端ではない。故に、我ら異端審問局が裁くようなものでも無いのだよ」
そう言ってザロアスタは鼻を鳴らす。そんな彼の姿に、レイチェルは理知を感じ、同時に彼が内包する狂気との落差に戦慄を覚える。
口を引き結び驚愕を噛み殺すレイチェルをよそにザロアスタは再びユーラリアに向き直る。
「さて、猊下。我輩は貴女を害するつもりはない。だが、不遜ながらそれに交換条件をつけさせていただいてもよろしいか?」
「何でしょう」
「我が問いにお答えあれ。猊下は、エリオス・カルヴェリウスという悪を以って魔王に立ち向かうことを如何にお考えか。神の尊ばれる秩序を乱すとはお思いにはならないか?」
ザロアスタは先程とは違う冷厳とした瞳で、ユーラリアにそう問いかけた。




