Intld.Ⅲ-xvi
戴冠式に行ってきます
「全ては貴方たちを死出の旅路から引き戻すため、ですよ」
悪びれるでもなく、逆にそれを誇るでもなく。淡々とユーラリアはそう言い放った。そして、地図を指差しながら話し始める。
「まあ手口は簡単です。暗黒大陸から上陸した魔王軍に間者を——まあ、これもエリシアにお願いしたんですけれど——忍び込ませて、私が編んだ隠匿術式を展開させる。その上で彼らに大砦を越えさせて街道へと誘導させる」
「——エリシアを働かせすぎでは……?」
レイチェルの指摘にユーラリアは、ぴくりと固まったが、すぐに貼り付けたような笑みを浮かべたまま、「まあ彼女、私に絶対服従ですから」と嘯いた。
「まあ、それはさておき。このようにして、彼らは意図せずして大砦の監視を出し抜いた。これにより、彼らは聖教国にとって油断ならない戦力として認識されることになりました」
「その事実で以って、猊下は統制局長殿に交渉を迫ったのですな——以前の勅令を破棄し、我らを引き戻せと」
「その通りです。しかも北方の大砦は教義聖典官の管理下にある拠点ですからね。統制局長にからすれば、自分の管理下で起きた不祥事により、国が危機に陥りつつある。そうなれば、彼は私の要求を飲まざるを得なくなる」
淡々とそこまで語ると、ユーラリアはティーカップを手に取り、少し冷めた紅茶を飲み干した。そして空になったティーカップの底を見ながら、うっすらと笑みを浮かべる。
「その結果、晴れて私はエリシアを派遣し、貴方たちを死出の旅から救い出したというわけです」
そう言いながら、ユーラリアは指の先で弄んでいた報告書を閉じて、ほうと息を吐く
「そして、後はご存知の通り。エリシアに貴方たちとエリオス・カルヴェリウスとの戦闘を止めさせ、即座に和解、あるいは停戦の交渉に入らせました。そして、あくまで交渉役としてエリシアを残させて、貴方達は北方へと向かわせた」
「気になっていたのですが……エリオス・カルヴェリウスのところに残したのがエリシアだったのは何故でしょう?」
レイチェルが口にした疑問にユーラリアは、特に考え込むでもなくすぐに答える。
「ああ、それはエリシアが聖職者でも、聖教会の構成員でもないからです。彼女はあくまで私の子飼いの勇者様。だから、聖教会における至上尊命である連名勅令にも直接的に縛られることはありません。彼女なら、もし今後統制局長が、前と同じように連名勅令を出すべく動いて、万が一私がそれを吞まざるを得ない状況に陥ったとしても、それを気兼ねなく無視させることができますからね」
連名勅令という教会にとって最も強力で権威のある命令を、軽々しく「無視させる」と宣うユーラリアにザロアスタは眉を顰める。そんな彼にユーラリアは笑みを崩すことなく問いかける。
「気に障りましたか? ザロアスタ卿」
「……否、といえばこれは虚言となりましょう。猊下の前で噓はつきたくありませんので素直に言わせていただけば――我輩は先ほどからの御言葉の中に非常に不愉快なものをたびたび感じております」
「ザロアスタ卿?!」
堂々と自分の上司を非難するザロアスタを、レイチェルは強く睨みつける。しかし、ユーラリアはそんな彼女を手で制し、まっすぐにザロアスタを見つめる。
「そう。それで? 貴方はどうなさるのです? 私を異端であると統制局長に告げ口なさいますか?」
表情は笑っているけれど、ユーラリアの瞳は深海を流れる海流のように冷たいものに見えた。ザロアスタの視線もまた、煮えたぎる岩漿のようで、その視線のぶつかり合いが、その場の空気がひどく剣呑なモノへと変えていくのをレイチェルはひしひしと感じていた。
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