Intld.Ⅲ-x
「まずは貴方がたにはお詫びをしなくてはなりませんね。今回の遠征——特にエリオス・カルヴェリウスとの接触については、無理が多かったですから」
そう切り出したユーラリアの顔は申し訳なさそうに曇っていた。ユーラリアは手元の報告書を手繰り、あるページを開く。そこには、エリオスとの接触の際に命を落としたレイチェルの部下たち四人の名前が並んでいる。
「——彼らにも悪いことをしました。もっと私に力があったのなら……」
「連名勅令、ですか」
レイチェルは苦虫を噛み潰したような顔をしながらそう言った。そんな彼女の言葉にユーラリアは無言で頷いた。
連名勅令とは、聖教国において最も強力で、最も厳格な命令だ。その名の通り、連名によって出される聖教国最高権力者による勅令——即ち、最高巫司と統制局長、祭儀神託官と教義聖典官の教会における二大組織の長が揃って発出する命令のことを指す。
一度発出されて仕舞えば、たとえそれが最高巫司であろうと統制局長であろうと、その内容を単独で覆すことは難しい。
何故なら連名勅令は、祭儀神託官や教義聖典官という枠に囚われることのない、聖教会という組織全体の最高意思だから。
「——まさか最高巫司直属である貴女たちを、レブランクに派遣するだけのことで、統制局長から横槍が入るなんて思いませんでした……」
「『レブランクを滅ぼした魔人に接触するというのなら、それは聖教国の命運を分つやも知れない一大事。政治を司る教義聖典官に相談しないのはおかしいではないか』——統制局長はそう仰っていたんでしたっけ?」
「まあ、スジは通っているんですけどね。貴女たちの出発の直前に言わないで欲しかったですね」
肩をすくめるユーラリア。しかし、そんなタイミングで横槍を入れたのが、統制局長からのユーラリアたちへの妨害工作であることは、この場にいる誰もが察していた。
「もう少し、仲良くしたいモノなのですけれど……」
ぽつりとユーラリアはそう呟いて目を伏せた。
祭儀神託官と教義聖典官——この世界においては子供ですら知っている聖教会の二大組織。
その関係は一言で言ってしまえば最悪だ。これは千年に及ぶ聖教会の歴史の中にあってしばしば表出していた問題だ。
そもそも、この二つが組織として分かたれたのは教会という組織が巨大化していく中で、その力が守るべき民を傷つけないようにするためのことだった。
教会の持つ神の代理人としての権威が徒に人間の社会を乱すことがないように。民草を縛る教会法や戒律、彼らを従わせる権力が神の意思に背いて人々を虐げることのないように。
現在の聖教会の礎を築いた先達たちは、そんな理念の下教会の権威と権力を組織として分割し独立させた。相互に監視し、高め合い、神の御心に沿う至上の世界を作り上げるために補完し合う。
それが、この二つの組織が作られた理由だった。
しかし、数百年という時が流れる中でその理念は歪み、腐り果てつつあった。
ちなみにお察しの方もいると思いますが、聖教会を祭儀神託官と教義聖典官という組織に分けたのは、日本の古い官制である太政官制(太政官・神祇官)をイメージしたものだったりします。
まあ、その意義の部分だとかは完全に別物なのですが。




