Intld.Ⅲ-vii
「鍵が人の悪性……それはどういう……?」
ザロアスタはユーラリアの言葉の意味を測りかねたように首を傾げる。そんな彼に助け舟を出すようにレイチェルは口を開く。
「つまりだ。彼の計画はレブランクの国王が——ファレロ王が彼の提案を呑み、貴族や自分たちの保身を取らなければ始まらなかったし、市民たちが怒りに任せて暴走を始めなければあんな凄惨なことにはならなかったのだ」
レイチェルは歯噛みしながらそう言った。そんな彼女の言葉を引き継ぐように、ユーラリアは両手を自分の前で合わせ尖塔のポーズをとりながら話す。
「与えられた選択、目の前にぶら下がった利益に飛びつくという思考における怠惰。自分のために他者を犠牲にすることを躊躇わない強欲。分別や物の道理、ほんの少し先のことすら見えなくなるほどの憤怒。自分たちの行いを全て正義だと断じて顧みることをしない傲慢——それらが無くしてこの惨劇は起きえず、惨劇が有ったからこそ彼の計画は成ったのです」
ユーラリアはそう告げると、手元のティーカップが空になっていることに気がついた。ちらと目配せをすると、それに気がついたレイチェルは苦笑混じりにティーポットを手に取って彼女のカップに注ぐ。
にっこりと笑ってレイチェルに応じると、ユーラリアは改めてカップを口に運んだ。そして、再び話し始める。
「彼がどのような意図を持ってこの計画を立てたのか。それは私には分かりません。いわゆる未必の故意であった可能性ももちろんあります」
「望んでいる結果が発生しようと、発生しまいとどちらでも良いと考えていたら、ということですな」
「ええ。ですが、私にはそうは思えないのです。私には——そう、まるで彼はこの結果を確信していたようにすら思える。今回の計画という方程式において、彼は人間の悪性を変数として捉えてはいない。むしろ、定数として——確定事項として考えているのではないかと思えるのです」
眉根を寄せながらも、ユーラリアの口は笑っていた。そんな彼女の表情に僅かに気圧されながらも、ザロアスタは口を開く。
「それが、猊下が持たれた『違和感』ということですな。しかし、我輩にはそれが如何なる意義を持つのかいまいち理解が及びませぬ」
「あら、ザロアスタ先生ともあろう方が察しの悪い。とはいえ、これは貴方の専門外ですものね」
悪戯っぽく笑うユーラリアにゾロアスタは恐縮したように頭を下げる。そんな彼に微笑みかけながら、ユーラリアは告げる。
「これは、エリオス・カルヴェリウスが抱いている人間観の話。人間観とは、ある状況において相手がどう判断し行動するかを予測する足掛かりとなる。そして、彼の人間観は、人間に善性などというものは存在せず、人間は必ず己が悪性を優先するはずだというもの」
「それは——」
ザロアスタは何かを言おうとして、途中でそれを押し込める。口にするのは不毛であると気がついたから。ユーラリアはそんな彼の意図を理解していると言わんばかりに微笑みながら応える。
「ええ、私たちはそうではない人間がたくさんいることを知っている。でも、彼は知らない。あるいは知ることを拒んでいる——私は思うのです。それは、エリオス・カルヴェリウスという悪に、我々が対抗するための大きな隙となるのではないかと」
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