Intld.Ⅲ-ⅴ
「世界の秩序を乱す……とは、また大きく出ましたな。それは、世界の均衡や法秩序を狂わすような兵器、という意味ですかな?」
「いいえ。ですが、それ以上に恐るべき意味合いを持つものとだけ言っておきましょう。これ以上は本当に禁則事項になりますからね」
申し訳なさそうに眉根を寄せながら微笑むユーラリアにザロアスタは「失礼した」と短く詫びて頭を下げる。ユーラリアはティーカップを口に運ぶと、紅く熱い液体を口に僅かに含み喉を潤す。
「——とはいえ、アレの価値を知る者は世界にほとんどいません。我々聖教会の中枢も中枢たる地位にある者と、ごく一部の例外のみ。レイチェルにすら、その全容は伝えていません。そして、アレは価値を知らない者からすれば単なる綺麗な青くて大きな宝石に過ぎない」
「それゆえに、価値のわからぬ者の手で売り渡されて、完全に行方不明になっていてくれた方がいっそ安全。ということですかな」
「ええ。尤も、それを奪取したのがその価値を知っている人間だったら——そう考えると、恐ろしいことではありますがね」
そう言ってユーラリアはテーブルの上の砂糖菓子を一つつまむ。彼女の言葉に、ザロアスタとレイチェルは難しい顔をしていた。
そんな二人を気遣うようにユーラリアは告げる。
「そう心配しないで。確かにアレは世界の秩序を壊すような可能性を秘めているけれど、アレ単体で何かを成しうるということはありませんから」
「それはどういう——」
「ごめんなさいね、ここから先も最高機密事項なの。だから教えられないわ」
申し訳なさそうなユーラリアの苦笑に、レイチェルとザロアスタは恐縮したように首を垂れる。
「とりあえず、この件については聖典教義官、祭儀神託官の区別なく、水面下で調査を行いましょう。強権的な手段によるのではなく、あくまで内偵程度に止める形で。後ほど、統制局長には私から一筆したためておくので、ザロアスタ卿は先程の件に加えてそちらの方もお願いしますね」
「承知」
短く応えるザロアスタに満足げな笑みを浮かべて頷いてから、ユーラリアは居住まいを正す。
「それでは、これでレブランクの件の報告は終わりということで良いかしら?」
ユーラリアはそう言って、代わる代わるレイチェルとザロアスタの顔を見つめる。二人は無言で頷いて応える。
「そう、それでは次のお話へ。北方での魔王軍侵攻については既に統制局から報告は受けていますし、割愛しても良いでしょう。なので次は——」
ユーラリアはテーブルに置いていた報告書の束を手に取ってペラペラと捲りながら、素早く視線を走らせながらそう言った。
そして、再び報告書をテーブルに置いてから、二人に微笑みかける。
「——エリオス・カルヴェリウス。レブランクを滅ぼしたという彼について聞かせてくださいな」




